ドイツ歴史博物館 Deutsches Historisches Museum
ベルリン、ウンター・デン・リンデンに建つドイツ歴史博物館。本館は1695年に着工されたバロックの旧兵器庫ツォイクハウスで、同通りに現存する最古の建物の一つ。2003年にはI・M・ペイ設計の現代的な増築棟が加わった。
§1 — 概要概要
ドイツ歴史博物館は、ベルリン中心部の大通りウンター・デン・リンデンに面して建つ歴史博物館である。その本館は1695年に着工された旧兵器庫ツォイクハウス(Zeughaus)で、同通りに現存する最古の建物にして、北ドイツを代表するバロック建築の一つに数えられる。博物館機関そのものは1987年に設立され、この歴史的建造物を本拠としたうえで、2003年にはイオ・ミン・ペイ(I・M・ペイ)設計の現代的な増築棟を背後に加えた。
歴史
ツォイクハウスは、ブランデンブルク選帝侯フリードリヒ3世(のちのプロイセン王フリードリヒ1世)の命により、武器庫として1695年5月に定礎された。設計はヨハン・アルノルト・ネーリングが手がけたが、着工直後に没し、工事はマルティン・グリュンベルク、ついで彫刻家でもあるアンドレアス・シュリューターへと引き継がれた。シュリューターの在任中に建物の一部が崩落し、最終的にジャン・ド・ボットが外観を1706年に完成させ、内部は1730年に至って整えられた。1880年には武器博物館(プロイセン軍の栄光の殿堂)へと改装され、中庭にガラス屋根が架けられた。第二次世界大戦で焼損したのち再建され、1952年からは東ドイツのドイツ歴史博物館(Museum für Deutsche Geschichte)が置かれた。1990年の再統一に際し、西ベルリンで設立されていたドイツ歴史博物館が建物とコレクションを引き継いだ。
建築的特徴
ツォイクハウスは、正方形の中庭(シュリューターホーフ)を四つの翼が囲む二層構成で、各翼の長さはおよそ90メートルに及ぶ。ウンター・デン・リンデンに面する正面のみが豊かに装飾され、ジャン・ド・ボットが主導したファサードは、クロード・ペローによるルーヴル東面に倣ったフランス古典主義の規律をたたえる。屋根の欄干には甲冑姿の彫像が並び、正面では戦勝が、中庭ではシュリューターによる「瀕死の戦士たち」の頭部レリーフが戦争の苦しみを写し出す。建築と彫刻の高度な統合は、ベルリン・バロックの到達点の一つとされる。2003年のペイによる増築棟は、砂岩とガラスによる三角形の構成をとり、ガラスの吹き抜けで旧館とつながる。ペイはあわせて中庭に球面状のガラス屋根を架け、1880年以来の被覆を現代の技術で甦らせた。
意義・現在
ツォイクハウスは、失われたベルリン王宮と並ぶ当地バロックの代表作であり、ネーリングからド・ボットに至る建築家と、シュリューターら彫刻家の協働が結実した建造物である。現在はドイツ通史を扱う国立博物館の本館として用いられるが、本館は2021年から大規模な改修と常設展示の刷新のため閉鎖されており、展示機能は隣接するペイ棟が担っている。バロックの武器庫から近代の博物館、そして現代の増築へと、用途と様式を重ねてきた歩みそのものが、ドイツ史を映す器にふさわしい。