EST. 2026 — Editorial Archive of Notable Architecture
エッゲンベルク城
© Ralf Roletschek / GFDL 1.2
FIG. 01 — Q203797
様式 · ロココ 時代 · バロック・ロココ 類型 · 宮殿・邸宅 ★ ユネスコ世界遺産「グラーツ市歴史地区とエッゲンベルク城」(2010年拡張登録)

エッゲンベルク城 Eggenberg Castle, Graz

Schloss Eggenberg

オーストリア・グラーツの西郊に建つ、シュタイアーマルク州を代表するバロックの宮殿。皇帝フェルディナント2世の宰相エッゲンベルク侯が、エル・エスコリアルに着想して1625年に着工させた、暦を象徴する構成をもつ城館である。

FIG. 02 — Location47.0739° N 15.3913° E
オーストリア シュタイアーマルク州 グラーツ
§1 — 概要

概要

エッゲンベルク城(Schloss Eggenberg)は、オーストリア・グラーツの西郊に建つ城館で、シュタイアーマルク州を代表するバロックの宮殿建築である。神聖ローマ皇帝フェルディナント2世の宰相として絶大な権勢を誇ったエッゲンベルク侯ハンス・ウルリヒが、自らの地位にふさわしい壮麗な居館として築かせた。城館・庭園・収集品が一体として良好に残り、オーストリア有数の文化財に数えられる。

歴史

敷地には15世紀以来エッゲンベルク家の所領があり、中世の館と礼拝堂がその核となっていた。1625年、ハンス・ウルリヒ侯は宮廷建築家ジョヴァンニ・ピエトロ・デ・ポミスに新宮殿の設計を委ね、スペインのエル・エスコリアルに範をとった構想が立てられた。中世の旧館を取り込みながら工事が進められたが、デ・ポミスは1633年に没し、その後は要塞建築家ラウレンツ・ファン・デ・ジッペ、ついで現場棟梁ピエトロ・ヴァルネグロとアントニオ・ポッツォが引き継いで、躯体は1635年から1636年ごろに完成した。装飾は1640年代に一段落し、1666年からは侯の孫ヨハン・ザイフリートのもとで本格的なバロック化が進む。主階(ピアノ・ノービレ)の天井画群は約600点に及び、宮廷画家ハンス・アダム・ヴァイセンキルヒャーが1684/85年に大広間「惑星の間」を完成させた。さらに1754年から1762年にかけて、内装はロココの趣味で改められている。

建築的特徴

建物は四隅に塔をもつ矩形の四翼構成をとり、中央に方形の中庭を囲む。その平面は暦をかたどると解釈され、365枚の窓、52の扉、24の大広間、4基の塔といった数が、一年・週・時・季節に対応するとされる。外観は端正で抑制が効き、装飾よりも明快な幾何学と均整によって威厳を示す。これに対し内部は対照的に華麗で、主階に並ぶ大広間群は寓意に満ちた天井画で覆われる。なかでも「惑星の間」は、天体と星座、四大元素を主題とする絵画と豪奢な装飾によって、侯家の世界観を凝縮した空間として名高い。後年に加えられたロココ趣味の小室群が、バロックの厳格さに優美な変奏を添えている。

意義・現在

エッゲンベルク城は、地方の有力貴族が王侯に比肩する権勢を建築によって可視化した、十七世紀中欧の宮廷文化の好例である。長い造営の各段階が大きく改変されずに重なって残るため、初期バロックからロココに至る室内装飾の変遷を一棟のうちに読み取ることができる。現在はグラーツのウニフェルザールムゼウム・ヨアネウムの一部として、庭園や考古コレクションとともに公開されている。2010年には、その重要性が認められて世界遺産「グラーツ市歴史地区」の登録範囲に加えられ、城館を含む拡張登録が行われた。

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LAST EDIT — 2026.06.27
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