ドイツ北部シュレースヴィヒの島上に建つ城館。中世の城に始まり、ルネサンスの要塞を経て、ニコデムス・テッシン(子)による17世紀末のバロック宮殿へと姿を変えた、州を代表する世俗建築である。
§1 — 概要概要
ドイツ北部、シュレースヴィヒの町に近いシュライ湾の島上に建つ城館である。シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州を代表する世俗建築のひとつで、八百年を超える歴史のなかで、中世の城からルネサンスの要塞、さらにバロックの宮殿へと幾度も姿を変えてきた。スウェーデン王やロシア皇帝を輩出したホルシュタイン=ゴットルプ家の本拠としても知られる。
歴史
この地に居館が築かれたのは1161年とされ、現存する最古の構造は13世紀に遡る。当初は司教の館であったが、のちにシュレースヴィヒ公、ついでホルシュタイン伯の手に移り、1459年にはデンマーク王家オルデンブルク家の所領となった。1544年の領土分割によってシュレースヴィヒ=ホルシュタイン=ゴットルプ公国が成立すると、ゴットルフはその居城となる。フリードリヒ3世の治世(1616–1659)には、名高いゴットルフの大地球儀や驚異の部屋を擁する文化の中心地として栄えた。現在見る宮殿の主要部は、1697年から1703年にかけて、スウェーデンの建築家ニコデムス・テッシン(子)の設計により築かれたバロックの建築である。だが1702年に公家が退去してデンマーク領となったのちは荒廃し、19世紀には兵営として用いられた。1947年以降に修復が重ねられ、1996年に完成をみている。
建築的特徴
煉瓦造のルネサンス期の城郭を核とし、それを囲む稜堡の土塁、そしてテッシンによるバロックの翼部が積層する、重層的な構成をなす。長い四翼の構えをもち、礼拝堂を備える。近年には城の北側に、北欧でも最初期のバロック式段丘庭園であるノイヴェルク庭園が復元された。
意義・現在
ゴットルフ城は、北ドイツの建築史を一身に伝える重層的な記念碑であり、その城主の一族はスウェーデンやロシアの王統にも連なった。現在はシュレースヴィヒ=ホルシュタイン州立美術・文化史博物館と州立考古博物館が置かれ、湿地遺体をはじめとする収蔵で知られている。