パリ5区にある、フランス本土で最も古いモスク。第一次大戦で戦死したムスリム兵を悼み、1922年から1926年にかけて新ムーア様式で建てられた。フェズのマドラサに範をとる中庭とミナレットをもち、フランスにおけるイスラームの象徴的存在となっている。
§1 — 概要概要
グランド・モスケ・ド・パリ(パリ大モスク)は、パリ5区にあるモスクで、フランス本土で最も古いモスクである。第一次世界大戦でフランスのために戦死した多数のムスリム兵を追悼する記念として計画され、1922年から1926年にかけて建設された。フェズやマラケシュのイスラーム建築に範をとる新ムーア様式の建築で、礼拝堂のほか中庭、庭園、図書室、ハマム、喫茶室などを備え、フランスにおけるイスラーム文化の拠点となっている。
歴史
ムスリム兵士の犠牲への謝意と、北アフリカの植民地統治を背景に、モスク建設の機運は大戦後に高まった。1920年に建設を認める法が成立し、1922年に礎石が据えられ、1926年にフランス大統領ガストン・ドゥメルグとモロッコのスルタンを迎えて落成した。設計は、モロッコ保護領で歴史的建造物の保全を統括していた美術監モーリス・トランシャン・ド・リュネルが主導し、モーリス・マントゥらが建設を指揮した。細部の施工には北アフリカから招いた職人があたった。第二次大戦下では、初代院長スィ・カドゥール・ベンガブリットのもと、迫害を逃れる人々を匿ったとも伝えられる。
建築的特徴
全体は、スペイン・北アフリカのイスラーム建築の伝統に連なる新ムーア(ヒスパノ・モレスク)様式で統一される。高さ約三十三メートルのミナレットは、チュニジアのカイラワーンのモスクに似た角柱状の塔で、街区の目印となっている。中庭(サハン)を囲む回廊には馬蹄形アーチが連なり、壁面は彩釉タイルのザリージュ、漆喰のムカルナスやアラベスクで覆われる。礼拝室の床には絨毯が敷かれ、杉材の天井が架かる。緑釉の瓦屋根と白い壁の対比が、マグリブの建築を彷彿とさせる。
意義・現在
パリ大モスクは、フランスとイスラーム世界との複雑な関係を体現する記念碑である。植民地統治の産物でありながら、戦死兵への追悼から生まれ、戦時には人々の庇護の場ともなったその歴史は、単純な評価を拒む。建築としては、20世紀のヨーロッパに本格的なマグリブ様式の建築を実現した稀有な例であり、フランスの歴史的記念物および「20世紀遺産」に登録されている。現在もフランスのムスリム共同体の中心的なモスクのひとつとして機能し、観光客にも開かれている。
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Related※ フランスはパノラマの自由が限定的。本写真は撮影者 LPLT 自身による CC BY-SA 4.0 ライセンスの公開物。