ローマの旧ユダヤ人ゲットー跡に立つ、ローマ最大のシナゴーグ。イタリア統一とユダヤ人解放を経て、1901年から1904年にかけてコスタとアルマンニの設計で建てられた。折衷主義の壮麗な意匠と、市内で唯一の方形ドームで知られる。
§1 — 概要概要
ローマ大シナゴーグ(Great Synagogue of Rome、伊: Tempio Maggiore di Roma)は、イタリア・ローマのテヴェレ川左岸、かつてユダヤ人ゲットーが置かれた一画に立つシナゴーグである。建築家オズヴァルド・アルマンニと技師ヴィンチェンツォ・コスタの設計により、1901年から1904年にかけて建てられた。折衷主義の壮麗な意匠と、ローマ市内で唯一の方形ドームで知られる、ローマ最大のシナゴーグである。
歴史
ローマのユダヤ人共同体は、紀元前2世紀にさかのぼるヨーロッパ最古級の歴史をもつ。16世紀以降、彼らはローマ教皇によって設けられたゲットーに長く隔離されていた。1870年のイタリア統一(ローマ占領)で教皇領が消滅すると、ユダヤ人は市民権を得る。狭いゲットーの外に、自由を象徴する記念碑的な礼拝堂を建てる道が、ここに開かれた。
老朽化したゲットーが取り壊され、その跡地の一画が新しいシナゴーグの敷地に充てられた。19世紀末に行われた設計競技を経て、ともにグリエルモ・カルデリーニに学んだアルマンニとコスタの案が採用され、1901年に着工、1904年に落成した。
20世紀には、いくつもの出来事がこの建物と共同体を揺るがした。第二次世界大戦下の1943年、ナチス・ドイツによるゲットー住民の一斉検挙と強制移送が行われ、シナゴーグは一時閉鎖された。戦後に礼拝が再開されたのち、1982年には安息日の礼拝が終わる時間帯に武装集団の襲撃が起こり、2歳の幼児を含む犠牲者を出している。一方1986年には、教皇ヨハネ・パウロ2世がここを訪れた。歴代の教皇として初めてシナゴーグに足を踏み入れたこの訪問は、カトリックとユダヤ教の和解を象徴する出来事として記憶されている。
建築的特徴
設計者は、ユダヤ建築に固有の様式が定まらないなかで、各地の古代様式を引用する折衷主義を選んだ。アッシリア・バビロニア、エジプト、ギリシア・ローマに着想を得た意匠が組み合わされている。設計者自身は、ローマの他の記念建築と調和する、簡素でありながら程よく豊かな形を目指したと述べている。
平面はギリシア十字形をとり、その上に四角い大ドームが架かる。丸屋根が大半を占めるローマにあって、この方形のドームは遠目にも際立ち、テヴェレ川の対岸からもそれと分かる。アルミニウムで覆われた表面は、独特の鈍い光沢を放つ。正面にはモーセの十戒の石板と燭台(メノラー)が掲げられ、礼拝空間はエルサレムの方角へ向けられている。内部はアール・ヌーヴォー(リバティ様式)の華やかな装飾で覆われ、チェーザレ・ピッキアリーニによるステンドグラスが聖書の場面を彩る。
意義・現在
この建物は、二千年以上ローマに生きてきたユダヤ人共同体が、ようやく得た自由と市民権を可視化した記念碑である。建物内にはローマ・ユダヤ博物館が置かれ、共同体の歴史と祭儀の品々を伝えている。シナゴーグは今も現役の礼拝の場として、ローマのユダヤ教正統派の中心であり続けている。