ニューデリーの儀礼軸の東端に建つ戦争記念門。第一次世界大戦などで斃れたインド軍兵士を悼み、エドウィン・ラッチェンスがローマの凱旋門に倣って設計した、高さ42mの記念建造物である。
§1 — 概要概要
インド門(India Gate)は、インドの首都ニューデリーの儀礼的な中心軸、現在のカルタヴィヤ・パト(旧キングズウェイ)の東端に建つ戦争記念建造物である。第一次世界大戦と第三次アフガン戦争などで戦死した約7万人のインド軍兵士を追悼するために築かれ、門には1万3000を超える将兵の名が刻まれている。設計は、ニューデリー造営を主導した建築家エドウィン・ラッチェンスによる。古代ローマの凱旋門を範とした高さ42メートルの威容は、しばしばパリのエトワール凱旋門になぞらえられる。
歴史
門の建設は、イギリス領インドの新首都ニューデリーの建設事業の一環として進められた。1921年2月10日にコンノート公爵が礎石を据え、約10年の工期を経て、1931年2月12日にインド総督アーウィン卿によって除幕された。当初は「全インド戦没者記念碑(All India War Memorial)」と呼ばれた。独立後の1971年には、印パ戦争の戦死者を悼む「アマル・ジャワン・ジョーティ(不滅の兵士の炎)」が門の下に設けられ、無名戦士の墓として機能した。この炎は2022年、近隣に新設された国立戦争記念碑の灯火へと統合された。
建築的特徴
赤いバラトプル砂岩の低い基壇の上に立ち、大きな開口部を中央に開く構成は、ローマの凱旋門の系譜を引く。最上部には日輪の浮彫を伴うコーニス(軒蛇腹)が巡り、頂部には記念の灯を据える浅い盤が置かれている。装飾は控えめで、記念碑にふさわしい簡潔さと厳粛さが貫かれている。門の背後には、かつてジョージ5世像を収めていたドーム付きの天蓋(キャノピー)が立ち、ラッチェンスが考案した「デリー・オーダー」の柱がこれを支える。
意義・現在
インド門は、植民地期に計画されながら、独立後のインドにおいて国家的な追悼と記念の場へとその意味を変えていった建造物である。共和国記念日のパレードはこの門の前を通り、周辺の緑地は市民の憩いの場となっている。ニューデリーの都市軸を締めくくるモニュメントとして、首都の景観を象徴する存在であり続けている。