EST. 2026 — Editorial Archive of Notable Architecture
マリア宮殿
© Roman Naumov / CC BY-SA 4.0
FIG. 01 — Q732489

マリア宮殿 Mariinskyi Palace

Маріїнський палац

キーウのドニプロ川右岸に立つエリザヴェート・バロックの宮殿。1744年に着工してラストレッリが設計し、現在はウクライナ大統領の公邸として用いられる。

FIG. 02 — Location50.4483° N 30.5375° E
ウクライナ キーウ キーウ
§1 — 概要

概要

ウクライナの首都キーウ、ドニプロ川の右岸に立つ宮殿である。ロシア女帝エリザヴェータの名を冠する華麗なエリザヴェート・バロックの様式をもち、隣接する新古典主義の最高会議(ヴェルホーヴナ・ラーダ)議事堂とともに、政治の中枢を形づくっている。現在はウクライナ大統領の公邸として用いられている。

歴史

1744年、ロシア女帝エリザヴェータの命により着工された。設計を手がけたのは、当時のロシア帝国で随一の名声を誇った建築家バルトロメオ・ラストレッリである。建設は弟子のイヴァン・ミチューリンらに引き継がれ、1752年に竣工した。19世紀前半に度重なる火災で荒廃したが、1870年に皇帝アレクサンドル2世の命で建築家コンスタンチン・マイェフスキーが旧来の図面をもとに再建し、時の皇后マリアにちなんで「マリア宮殿」と改称された。

建築的特徴

ラストレッリ特有の躍動する曲面と、白を基調に金や淡い緑で彩られた壁面が、ロシア・バロックの華やぎを伝える。主要室を一直線に連ねるエンフィラードの構成をとり、儀礼の動線と眺望を演出する。南側には宮殿に付属する広大な公園が広がり、川を望む立地と一体となって、宮廷建築にふさわしい景観をつくりだしている。

意義・現在

帝政期には皇族の滞在所として、ソ連期には学校や博物館として用いられるなど、時代ごとに役割を変えてきた。第二次世界大戦で大きな損害を受けたのち修復され、独立後のウクライナでは国家の公的な迎賓・式典の場となっている。現在は大統領公邸として外国の元首を迎える舞台であり、首都キーウを代表する歴史的建造物の一つである。

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LAST EDIT — 2026.06.29
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