エカテリーナ宮殿 Catherine Palace
サンクトペテルブルク郊外、ツァールスコエ・セローにあるロシア皇帝の夏の離宮。女帝エリザヴェータの命でラストレッリが1750年代に改築した、青と白と金の壮麗なロココ建築である。
§1 — 概要概要
エカテリーナ宮殿(Екатерининский дворец)は、サンクトペテルブルクの南約30キロ、ツァールスコエ・セロー(現プーシキン)にあるロシア皇帝の夏の離宮である。エカテリーナ1世にちなんで名づけられ、青を基調とした長大なファサードに白い円柱と金の装飾を連ねた、ロシア・ロココ(エリザヴェータ・バロック)の代表作として知られる。
歴史
最初の館は1717年、エカテリーナ1世のためにドイツ人建築家ヨハン・フリードリヒ・ブラウンシュタインが手がけた小規模なものであった。これを娘の女帝エリザヴェータが大規模に造り替え、1752年から1756年にかけて宮廷建築家バルトロメオ・ラストレッリが現在見られる壮麗な姿に完成させた。続く女帝エカテリーナ2世の時代には、建築家チャールズ・キャメロンが新古典主義の室内を加えている。第二次世界大戦のドイツ軍占領下で宮殿は甚大な被害を受け、名高い「琥珀の間」の装飾は持ち去られて行方を絶った。戦後の長期にわたる修復により外観と主要な広間が再現され、琥珀の間も2003年に復元された。
建築的特徴
全長300メートルに迫るファサードは、白い円柱・付柱と彫像、漆喰の渦巻装飾を惜しみなく用い、青・白・金の対比で華やかに律動する。内部では、主要な広間の扉を一直線上に揃えて見通しをつくるエンフィラードの手法が用いられ、とりわけ全面を金箔の彫刻と鏡、窓で埋めた「大広間」は、自然光と金の反射で空間を輝かせる。曲線と非対称を旨とするロカイユの装飾が室内外を貫き、ラストレッリのバロックがロココの感性へ傾く瞬間を示している。
意義・現在
エカテリーナ宮殿は、西欧バロックの語彙をロシアの規模と色彩感覚で再構成した、エリザヴェータ朝宮廷文化の頂点である。戦災からの復元は、失われた室内装飾を史料と職人技で甦らせた20世紀の修復史としても重要な意味をもつ。現在は博物館として公開され、ツァールスコエ・セローの庭園群とともに「サンクトペテルブルク歴史地区と関連建造物群」の一部として世界遺産に登録されている。