ペテルゴフ宮殿 Peterhof Palaces and complex
サンクトペテルブルク近郊、フィンランド湾に臨む宮殿・庭園群。ピョートル大帝が「ロシアのヴェルサイユ」として築き、海へ流れ落ちる大カスケードの噴水群で知られる。
§1 — 概要概要
ペテルゴフ(Петергоф)は、ロシア・サンクトペテルブルクの西、フィンランド湾に臨む広大な宮殿・庭園群である。ピョートル大帝がフランスのヴェルサイユ宮殿に対抗して造営したことから「ロシアのヴェルサイユ」とも呼ばれ、海へ向かって階段状に流れ落ちる大カスケード(カスケード)の噴水群を中心に据える。
歴史
ピョートル大帝は1709年ごろからこの地の離宮を構想し、1717年のヴェルサイユ訪問を経て本格的な造営に乗り出した。海辺の小宮殿モンプレジールは1714年に着工され、同年フランスの建築家ジャン=バティスト・ル・ブロンが庭園と全体計画を手がけた。ペトリーヌ・バロックの基礎を築いたドメニコ・トレジーニが初期の建築を担い、のちにエリザヴェータ女帝のため、バルトロメオ・ラストレッリが1747〜56年に大宮殿を華麗なバロック様式へ拡張した。第二次世界大戦の独ソ戦では甚大な被害を受け、戦後に長い歳月をかけて復元された。
建築的特徴
構成の核は、海と宮殿を結ぶ軸線上に展開する大カスケードと運河である。崖の上に建つ大宮殿から階段状に水が下り、金色に輝く彫像群と、ライオンの顎を裂くサムソン像の大噴水が水の劇場をかたちづくる。これらの噴水はポンプを用いず、高所の貯水池との落差のみで噴き上がる。下の庭園にはモンプレジールなどの小宮殿が点在し、東のアレクサンドリア公園には19世紀のゴシック・リヴァイヴァルの礼拝堂も加わって、様式の重なりが園内を彩る。
意義・現在
ペテルゴフは、西欧の宮廷文化を範としつつロシア独自の壮麗さへ展開した、ピョートル大帝の近代化政策を象徴する記念碑である。戦災からの復元は文化財修復の大事業として知られ、宮殿群と庭園は世界遺産「サンクト・ペテルブルクの歴史地区と関連建造物群」の構成資産に含まれる。現在は博物館として公開され、夏に噴き上がる噴水は今も多くの来訪者を集めている。