ミュンヘン・オリンピアシュタディオン Munich Olympic Stadium
1972年ミュンヘンオリンピックの主会場。ベーニッシュ&パートナーが設計し、フライ・オットーが構造を担った、アクリルガラスの透明な膜が波打つように覆う軽量の吊り屋根で知られる。
§1 — 概要概要
ミュンヘン・オリンピアシュタディオン(Olympiastadion München)は、ドイツ・バイエルン州ミュンヘンのオリンピアパークに立つ多目的競技場である。1972年夏季オリンピックの主競技場として建設され、丘陵を生かした造成と、アクリルガラスを張った透明で軽快な吊り屋根によって、20世紀後半を代表する競技場建築の一つに数えられる。設計はギュンター・ベーニッシュ率いるベーニッシュ&パートナーが担い、屋根の構造はフライ・オットーが手がけた。
歴史
1968年に着工し、開会式に先立つ1972年に完成した。第二次大戦と1936年ベルリン大会の重々しい記念性への反省から、ミュンヘン大会は「明るく開かれた大会」を理念に掲げ、競技施設も威圧的な記念性を避けて、自然地形と透明性を強調する方針がとられた。大会では選手村襲撃事件という悲劇も起きたが、競技場と公園を一体的に構想した計画そのものは、戦後西ドイツの新しい国家像を示すものとして評価された。大会後はFCバイエルン・ミュンヘンと1860ミュンヘンが本拠として使用し、2005年のアリアンツ・アレーナ開場まで数々の名勝負の舞台となった。
建築的特徴
最大の特徴は、スタジアムから周囲の競技施設までを連続して覆う、ケーブルネットによる軽量の吊り屋根である。鉄塔から張られたワイヤーに半透明のアクリルガラス板を吊り下げ、地形のうねりに沿って大きく波打つ曲面をつくり出す。フライ・オットーが追究した膜・張力構造(軽量構造)の思想を大規模に実現した先駆例であり、構造そのものを軽やかな造形として見せる手法は、のちのハイテック建築の系譜にも連なる。重い記念碑ではなく、風景に溶け込む透明な天蓋という発想は、競技場のあり方を大きく更新した。
意義・現在
オリンピアパークは、ランドスケープと建築、構造技術を統合した戦後モダニズムの到達点として、バイエルン州の文化財に登録されている。現在もコンサートや各種スポーツ、イベントの会場として活用され、開かれた都市公園として市民に親しまれている。軽量で透明な大架構という解は、20世紀後半の構造デザインに広く影響を与えた。