EST. 2026 — Editorial Archive of Notable Architecture
旧国会議事堂(ニューデリー)
© A.Savin(Wikimedia Commons) / Free Art License (FAL)
FIG. 01 — Q15275136

旧国会議事堂(ニューデリー) Old Parliament House

संसद भवन

英領インドの新首都ニューデリーに建つ円形の議事堂。ラッチェンスとベイカーの設計で1921年に着工、1927年に開館した。古典の秩序にインドの意匠を織り込んだ植民地期の代表作で、2023年まで独立インドの国会として用いられた。

FIG. 02 — Location28.6172° N 77.2081° E
インド デリー ニューデリー
§1 — 概要

概要

旧国会議事堂(Old Parliament House、ヒンディー語サンサド・バワン)は、インドの首都ニューデリーに建つ円形平面の議事堂である。英領インドが帝国の新首都を建設するにあたり、エドウィン・ラッチェンスとハーバート・ベイカーの設計で1921年に着工、1927年に開館した。直径170メートルを超える大円環の外周を、144本の砂岩の円柱からなるコロネードが巡る。植民地統治の威信を古典様式で表しつつ、インドの装飾を随所に取り込んだ、新首都計画を代表する建築である。

歴史

1911年、英領インドは首都をカルカッタからデリーへ移すことを決め、ラッチェンスとベイカーに新首都の設計を委ねた。当初の計画に議事堂は含まれていなかったが、1919年の統治改革で立法評議会の拡充が決まり、これを収める「カウンシル・ハウス」が新たに加えられた。1921年2月12日、コノート公が礎石を据え、約2,500人の石工を動員して工事が進む。1927年1月18日、副王アーウィン卿によって開館した。当初は帝国立法評議会の議場であり、1947年の独立後は制憲議会の場となって憲法が起草された。1950年の共和国成立とともにインド国会議事堂となり、2023年に新議事堂へ機能を移すまで上下両院を収めた。現在はサンヴィダーン・サダン(憲法館)と改称されている。

建築的特徴

円形という平面は、三角形の敷地に最も適うものとしてラッチェンスが提案したと伝えられ、ローマのコロッセオの記憶も重ねられた。外周には144本の砂岩円柱が連続し、力強い水平の柱列をなす。中心には円形の中央広間が置かれ、これを三つの半円形の議場が囲む——もとは藩王院・国務評議会・中央立法議会のための三室であった。設計をめぐっては、ベイカーが「インド的でも英国的でもローマ的でもなく、帝国的であらねばならない」と述べたと伝わる。ベイカーが古典とインド意匠の融合を志したのに対し、ラッチェンスはより純粋な古典を好み、両者の立場は分かれた。砂岩の透かし格子(ジャーリー)など、インド建築の語彙が細部に織り込まれている。

意義・現在

旧国会議事堂は、ラッチェンスとベイカーが描いた「ラッチェンスのデリー」の中核をなし、総督官邸(現ラーシュトラパティ・バワン)や書記局庁舎とともに、帝国の都市像を体現した。その議場は、植民地期から独立、そして憲法の制定に至るインド近代史の舞台でもあった。2023年に隣接する新議事堂へ役割を譲ったのちも、歴史的建造物として保存され、独立と建国の記憶を宿す場であり続けている。

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LAST EDIT — 2026.06.25
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