ベルギーの首都ブリュッセルの丘上に建つ、19世紀最大級の裁判所建築。建築家ポウラエールがギリシア・ローマに古代オリエント風を交えた折衷様式で設計し、巨大なドームで街を睥睨する。
§1 — 概要概要
ブリュッセル裁判所(Justitiepaleis/Palais de Justice)は、ベルギーの首都ブリュッセルの上町、旧市街を見下ろすガルゲンベルクの丘に建つ巨大な裁判所建築である。破毀院をはじめベルギーの主要な司法機関が置かれる国内最重要の裁判所であり、19世紀に建てられた建築としては世界最大級とされる。折衷主義の記念碑的建築として、ブリュッセルの象徴のひとつに数えられる。
歴史
新たな裁判所の設計は1860年の国際競技設計に付されたが決着せず、1861年にブリュッセル市の建築家ジョセフ・ポウラエールが指名された。1866年に定礎され、工事は難航したが、ポウラエールは完成を見ることなく1879年に世を去った。以後は建築家ジョゼフ・ジョアシャン・ブノワが工事を引き継ぎ、予算の制約から当初計画の約八割にとどめる形で1883年に落成した。建設のためにマロール地区の一角が取り壊され、多くの住民が立ち退きを強いられたことから、市井ではポウラエールへの反感をこめて「建築家」の語が悪罵に用いられたと伝えられる。
建築的特徴
様式は、ギリシア・ローマの古典を基調としつつ、アッシリアやエジプトなど古代オリエントの記念碑を思わせる要素を交えた折衷である。正面には巨大なコリント式の列柱によるポルティコがそびえ、その上にペディメントと彫刻群が載る。中心には天井の高い大広間「失われた足音の間(サル・デ・パ・ペルデュ)」が置かれ、これを覆うドームが建物の頂点をなす。重い石材を支えるため、内部には当時としては先進的な鉄骨構造が用いられた。
意義・現在
延床面積二万六千平方メートルにおよぶこの建物は、若い立憲君主国ベルギーが国家の威信を可視化しようとした野心の産物である。1944年、大戦末期の火災でドームが焼失したが、戦後にかつてより高く再建された。1980年代以来の長期の修復工事のため、外壁は数十年にわたり足場に覆われ、その足場そのものがブリュッセルの奇妙な名物ともなっている。今日もなお現役の裁判所として機能している。