パリ旧証券取引所 Palais Brongniart
ナポレオンの命でパリ証券取引所のために建てられた新古典主義の殿堂。アレクサンドル=テオドール・ブロンニャールが設計し、その死後エロワ・ラバールが1826年に完成させた。巨大なコリント式列柱が囲むローマ神殿風の外観で知られる。
§1 — 概要概要
パリ旧証券取引所(パレ・ブロンニャール、Palais Brongniart)は、パリ2区のブルス広場に建つ新古典主義の建築である。ナポレオンの指示により、パリ証券取引所(ブルス)を恒久的に収めるために建てられた。設計者である建築家アレクサンドル=テオドール・ブロンニャールの名を冠する。1987年に立会場が移転し、2004年に最後の金融機関が退去した後は、催事場として用いられている。
歴史
ナポレオンの公共事業として、建設は1808年に始まった。ブロンニャールは古代ローマの神殿を範とする案を自発的に提出し、その設計はナポレオンに高く評価されて、晩年の彼に大きな公共建築の委嘱をもたらした。しかしブロンニャールは1813年に世を去り、工事は建築家エロワ・ラバールが引き継いで1826年に完成させた。さらに1901〜05年には、ジャン=バティスト=フレデリック・カヴェルが左右に翼部を増築し、平面は無数の柱をもつ十字形へと改められた。
建築的特徴
建物の核は、コリント式の巨大なオーダーによる列柱廊(ペリスタイル)が周囲をめぐる、長方形のローマ神殿形式である。柱列の内側には、ヴォールトで覆われアーケードをめぐらせた中央の大広間が設けられ、ここが取引の場となった。外観の古典的な厳格さは、商業活動に国家的な威信と永続性の表象を与えるものであった。カヴェルによる翼部の増築は規模を大きくした一方で、建物本来の均整をやや損なったとも評される。
意義・現在
パレ・ブロンニャールは、19世紀の金融資本主義が古典の語彙を借りて自らを記念碑化した好例である。取引が電子化され立会場が役目を終えた後も、その堂々たる外観はパリの都市景観の一部として残り、見本市や会議など催事の舞台として活用されている。フランスの登録歴史的記念物(monument historique)に指定されている。