アテネに残る、全体が大理石で築かれた世界唯一の競技場。紀元前のパナシナイア祭の競走路に起源を持ち、一八九六年の第一回近代オリンピックの舞台として大理石で復元された。
§1 — 概要概要
アテネ中心部、二つの丘に挟まれた谷あいに位置するパナシナイコ・スタジアムは、全体が白大理石で築かれた世界で唯一の競技場であり、その美しさから「カリマルマロ(美しい大理石)」とも呼ばれる。古代の競技場に起源を持ち、近代オリンピックの発祥の地として知られる。
歴史
起源は紀元前三三〇年頃、アテネの政治家リュクルゴスがパナシナイア祭の競走のために整備した競技場にさかのぼる。紀元一四四年には富裕なローマ元老院議員ヘロデス・アッティコスによって大理石で壮麗に再建され、五万の観客を収容したと伝えられる。やがて打ち捨てられ大理石も失われたが、十九世紀後半に発掘され、発掘後の一八七〇年と七五年には近代オリンピックの先駆けとされるザッパス・オリンピックの会場ともなった。その後、実業家ゲオルギオス・アヴェロフの寄進を得て、一八九六年の第一回近代オリンピックに向けて大理石で復元された。設計はエルンスト・ツィラーの案に基づき、アナスタシオス・メタクサスが工事を担っている。
建築的特徴
細長い馬蹄形の平面を持ち、両側の直線走路の先で半円状に折り返す古代スタジアムの形式を忠実に受け継いでいる。走路は全長およそ二〇四メートル、幅三三メートルの細長い馬蹄形をなし、両端の急な折り返しが古代の競走路の姿を今日に伝える。観客席は二つの丘の斜面を利用しておよそ四十七段の階段状に築かれ、競技場を抱き込むように立ち上がり、およそ五万人を収容する。装飾を抑えた白大理石の連なりが、古代ギリシアの競技場の簡潔で力強い造形を伝えている。
意義・現在
パナシナイコ・スタジアムは、古代と近代のオリンピックを結ぶ象徴的な場所である。一八九六年大会では開閉会式と四競技の舞台となり、二〇〇四年のアテネ大会でも会場として再び用いられた。今日では聖火を開催国へ引き渡す式典の地となり、アテネ・クラシック・マラソンのゴールとしても親しまれている。