サウジアラビア・マディーナにあるイスラーム第2の聖地。622年に預言者ムハンマド自身が創建したモスクで、その墓所を含む。緑のドームと林立するミナレットで知られ、歴代の統治者が増築を重ねてきた。
§1 — 概要概要
預言者のモスク(アラビア語:المسجد النبوي、アル=マスジド・アン=ナバウィー)は、サウジアラビア西部ヒジャーズ地方のマディーナ(メディナ)にあるモスクである。メッカのマスジド・ハラーム(聖モスク)に次ぐイスラーム第2の聖地であり、預言者ムハンマド自身が創建した点で特別な地位を占める。境内南東の隅にはムハンマドの墓所があり、それを覆う緑のドームは、このモスクを象徴する存在として世界中の巡礼者に知られている。
歴史
モスクは、ムハンマドが622年にメッカからマディーナへ移住(ヒジュラ)した直後に建てられた。建設用地はサフルとスハイルという二人の孤児が所有していたが、ムハンマドは贈与を辞して代価を支払わせ、その資金を教友アブー・アイユーブ・アル=アンサーリーが負担したと伝えられる。当初のモスクは日干し煉瓦の壁に、ナツメヤシの幹を柱とし、葉と土で葺いた屋根をもつ簡素な平屋建てで、礼拝所であると同時に共同体の集会所・裁判所・学問所を兼ねた。以後、歴代のカリフや王朝が競って拡張と装飾を重ね、ウマイヤ朝のカリフ、ワリード1世(在位705〜715年)の増築の際に、ムハンマドと最初の二人の正統カリフ、アブー・バクル、ウマルの墓所が境内に取り込まれた。1909年にはオスマン朝のもとでアラビア半島初の電灯が灯された。20世紀以降はサウジアラビア政府による大規模な拡張が続き、数十万人を収容する現在の規模に達している。
建築的特徴
創建当初のモスクは30メートル四方ほどの中庭を囲む極めて素朴な構えだったが、現在の建物は幾世紀にもわたる増築の集積である。広大な礼拝空間は多数の列柱による多柱式(ハイポスタイル)のホールで構成され、ミフラーブ(メッカの方角=キブラを示す壁龕)とミンバル(説教壇)が置かれる。外周には10本の高いミナレットが林立し、中庭には可動式の巨大な傘(日除け)が開く現代的な設備も導入されている。象徴的な緑のドームは19世紀前半にオスマン朝が現在の色に塗ったもので、その下にムハンマドの墓所と初期カリフたちの墓がある。
意義・現在
預言者のモスクは、イスラームの成立とともに歩んできた建築であり、信仰の歴史そのものを体現する場である。ハッジ(大巡礼)を終えた多くの巡礼者がマディーナを訪れ、このモスクと緑のドームに参詣する。時代ごとの統治者による拡張は、この聖地を保護・荘厳することが権威の証とされてきたことを物語る。今日ではサウジアラビア国王が「二聖モスクの守護者」を称号とし、モスクは絶えず維持・拡張されている。
関連する建築
Related※ サウジアラビアはパノラマの自由を認めていないため、現代の建築物を写した写真の利用には留意を要する。掲載画像は投稿者によりパブリックドメインとして公開されているものを使用している。