レーゲンスブルク大聖堂 Regensburg Cathedral
ドイツ、バイエルン州のレーゲンスブルクに建つ、同州を代表するゴシック大聖堂。1273年の火災を機にフランス・ゴシックで建設が始まり、本体は約1520年までに整った。長く未完だった双塔の尖塔は19世紀に完成し、その高さは約105メートルに達する。
§1 — 概要概要
ドイツ南部、バイエルン州のレーゲンスブルクに建つカトリックの大聖堂で、聖ペトロに捧げられている。レーゲンスブルク司教区の司教座聖堂であり、バイエルン州を代表する——そして同州で唯一の——本格的なゴシック大聖堂である。ケルン大聖堂と並んで、ドイツでも最も重要なゴシック聖堂の一つに数えられる。約105メートルの双塔は、世界遺産の旧市街のどこからも望める、街のシンボルとなっている。
歴史
この地には8世紀ごろから司教の教会があり、ロマネスクの大聖堂が建っていた(その名残の塔「ロバの塔」が今も残る)。1273年の火災を機に、当時最新であったフランス・ゴシックの様式で、まったく新しい大聖堂の建設が始まった。
工事は数世紀にわたって続いた。三つの内陣は1320年に使えるようになり、西正面の精緻な扉口は1385年から1415年にかけて整えられた。だが、本体がおおむね完成した約1520年ごろ、資金が尽きてしまう。西の双塔は、本来の半分ほどの高さの「切り株」のまま、その後三百五十年あまりも未完のまま放置された。
17世紀にはバロックの改装が加えられたが、19世紀に入ると、中世のゴシックを「ドイツ本来の様式」とみなす機運が高まる。国王ルートヴィヒ1世の命により、1828年から1841年にかけてバロックの要素が取り除かれ、ゴシックへの「復元」が行われた。そして1859年から1869年にかけて、建築家フランツ・ヨーゼフ・デンツィンガーのもと、ついに双塔の尖塔が建ち上がる。1872年に交差部の破風が仕上げられ、着工からおよそ600年を経て、大聖堂は完成を見た。
建築的特徴
フランスで修業した棟梁の手になる初期の設計は、中央の身廊と二つの側廊、控え壁(バットレス)、リブ・ヴォールト、そして正面にそびえる双塔という、フランス・ゴシックの構成をバイエルンの地にもたらした。13〜14世紀のステンドグラスは、ドイツでも有数の名品として知られる。中世の棟梁ロリツァー家、とりわけマテス・ロリツァーは、平面図から比例を導く作図術を書物に残しており、ゴシックの設計法を伝える貴重な手がかりとなっている。
意義・現在
レーゲンスブルク大聖堂は、ゴシックの大事業が中世から近代へと数百年をかけて受け継がれた、その歩みそのものを体現する建築である。世界最古の少年合唱団とされるレーゲンスブルク大聖堂少年合唱団(ドームシュパッツェン)の本拠地でもあり、信仰と音楽の場として今も生きている。世界遺産「レーゲンスブルク旧市街」の中心として、中世の街並みのただなかにそびえ続けている。
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