ワルシャワ王宮 Royal Castle in Warsaw
ポーランド、ワルシャワ旧市街に建つ歴代国王の居城。17世紀にマニエリスム=初期バロック様式へ改築され、第二次大戦で破壊された後、市民の浄財で忠実に再建された世界遺産の構成資産。
§1 — 概要概要
ワルシャワ王宮(Royal Castle in Warsaw)は、ポーランドの首都ワルシャワの旧市街、王宮広場に面して建つ歴代国王の居城である。16世紀末から18世紀末までポーランド王の居所であり議会の場でもあった政治の中心であり、1791年5月3日憲法が起草された場所としても知られる。第二次世界大戦で完全に破壊された後、市民の手で再建された建築としても名高い。
歴史
起源は14世紀、マゾフシェ公の城にさかのぼる。15世紀にはゴシック様式の煉瓦造の館が築かれ、要塞的な性格をもっていた。17世紀初頭、ジグムント3世ヴァーザが首都をクラクフから移した際、1598年から1619年にかけて大規模な改築が行われ、イタリア人建築家ジョヴァンニ・バッティスタ・トレヴァーノの指揮のもと、五つの翼をもつマニエリスム=初期バロック様式の宮殿へと姿を変えた。高さ約60メートルのジグムントの塔もこのとき築かれた。その後も選帝侯時代のロココ的な改修や、最後の国王スタニスワフ・アウグストによる新古典主義の内装が加えられていった。
20世紀には悲劇的な転機を迎える。1939年のドイツ空軍の爆撃で炎上し、1944年のワルシャワ蜂起鎮圧後にはナチス・ドイツによって計画的に爆破され、廃墟と化した。戦後の再建は長く遅延したが、1971年に着手され、全国からの市民の寄付によって1984年に完成し、17世紀の姿が忠実に復元された。
建築的特徴
王宮広場に面した約90メートルの長いファサードが特徴で、球根状の尖塔をいただくジグムントの塔がその輪郭を引き締めている。左右非対称ながら調和のとれた外観をもち、五つの翼が中庭を囲む構成をとる。内部には王座の間や大会議の間など、スタニスワフ・アウグスト期の新古典主義による豪華な装飾が施されており、外観と内装で異なる時代様式が共存している。再建の際には、18世紀の画家ベルナルド・ベロットの精密な景観画が、復元の重要な資料として活用された。
意義・現在
1980年にワルシャワ歴史地区がユネスコ世界遺産に登録されたのは、破壊された歴史都市をほぼ完全に再建したという、きわめて例外的な評価による。王宮はその構成資産の中核をなす。現在は国立博物館として機能し、レンブラントやベロットの絵画を含むポーランド・ヨーロッパ美術の重要なコレクションを所蔵しながら、国家儀式の会場としても利用されている。