サンタニェーゼ・フオーリ・レ・ムーラ聖堂 Sant'Agnese fuori le mura
ローマ北東部、ノメンターナ街道沿いに立つ初期キリスト教のバシリカ。教皇ホノリウス1世が7世紀に建てた聖アグネス殉教者の墓所聖堂で、後陣の黄金のモザイクと地下のカタコンベで知られる。
§1 — 概要概要
サンタニェーゼ・フオーリ・レ・ムーラ聖堂(城壁外の聖アグネス聖堂)は、ローマ北東部、ノメンターナ街道沿いに立つカトリックのバシリカである。4世紀初頭に殉教したとされる少女、聖アグネスの墓の上に築かれた墓所聖堂で、その名は市の城壁(アウレリアヌス城壁)の外にあることに由来する。聖堂はアグネスが葬られたカタコンベの真上にあり、地下墓所へは堂内から下りられる。
歴史
墓所には4世紀前半、皇帝コンスタンティヌスの娘コンスタンティナによって大規模なバシリカ(現在は廃墟)と霊廟(後のサンタ・コスタンツァ教会)が築かれた。この最初の聖堂が荒廃したのち、現在の聖堂は7世紀、教皇ホノリウス1世(在位625–638年)が新たに建て直したもので、当時の構造をよく今に伝える。723年にランゴバルド人の侵攻で被害を受け、教皇ハドリアヌス1世が修復した。19世紀には教皇ピウス9世の下で大規模な修復が行われ、建築家アンドレア・ブシリ・ヴィチがこれを担った。身廊上部や凱旋アーチの壁画はこの時期のものである。
建築的特徴
丘の斜面に建つため床面が街路より低く、入口は二階の回廊レベルにあたる。堂内へは1590年に設けられた45段の大理石階段を下りていく。三廊式の身廊は古代の14本の円柱(コリント式柱頭)で側廊と分けられ、側廊と入口上部にはマトロネウム(婦人席の上層回廊)がめぐる。これはローマのバシリカに現存する最古の例とされる。後陣の半円ドームを飾る金地のモザイク(およそ625年)は、ビザンティン皇妃の装いをした聖アグネスを中央に置き、教会の模型を捧げるホノリウス1世らを左右に従える。
意義・現在
古代末期のバシリカの空間構成を比較的よく残す貴重な遺構として知られる。毎年1月21日の聖アグネスの祝日には子羊が祝福され、その羊毛は教皇が大司教に贈るパリウム(肩帯)に織られる。聖堂は今日も教区教会として用いられ、地下のカタコンベはローマで一般公開される数少ない墓所の一つである。
関連する建築
Related※ イタリアには建築物に対するパノラマの自由の規定がなく、文化財の画像利用には文化財・景観法典に基づく制約が及ぶ場合がある。本写真はパブリックドメインとして公開されているものを用いている。