オーストリア・ブルゲンラント州の州都アイゼンシュタットに建つバロック宮殿。13世紀の中世城を起源とし、17世紀にエステルハージ侯爵家の本拠として改築された。作曲家ハイドンが30年余り仕えた地としても名高い。
§1 — 概要概要
エステルハージ宮殿(Schloss Esterházy)は、オーストリア東部、ブルゲンラント州の州都アイゼンシュタットの中心に建つバロック様式の宮殿である。ハンガリーの名門エステルハージ侯爵家の本拠として三百年以上にわたり用いられ、いまもブルゲンラント随一の文化建造物として知られる。作曲家ヨーゼフ・ハイドンが宮廷楽長を務めた地でもあり、その名を冠した大広間「ハイドンザール」は、世界有数の音響を誇る演奏会場として現役である。
歴史
建物の起源は13世紀の中世城にさかのぼる。防御を主目的とした堀付きの城で、1364年にカニジャイ家の所有となって拡張された。エステルハージ家は1622年に城の管理を得、1649年にラディスラウス・エステルハージがこれを買い取って以後、一族の所有が続いた。バロック化を主導したのは初代エステルハージ侯パウル1世である。彼は古い城を侯爵にふさわしい邸宅へと改めるべく、コモ(ロンバルディア)出身の建築家カルロ・マルティーノ・カルローネに設計を委ね、1663年から1672年にかけて改築が進められた。1683年の第二次ウィーン包囲によりその後の工事は中断したが、18世紀には内部や階段が更新された。19世紀初頭にはニコラウス2世がシャルル・ド・モローに新古典主義的な大改造を構想させたが、財政難から中央部のみの実施にとどまり、堀も埋め立てられた。
建築的特徴
平面は中庭を囲むコの字形に構成され、町の広場から宮殿の中枢へと進む儀礼的な軸線を備える。外観は17世紀バロック改築の相を色濃く残し、立面を貫くジャイアント・オーダーのトスカナ式ピラスターが、垂直のリズムと記念碑的な量感を与えている。内部は当時の名匠による華麗な装飾で飾られ、とりわけアンドレア・ベルティナッリの手になるスタッコ装飾が壮麗な広間を彩る。中核をなすハイドンザールは三層分の高さをもつ大広間で、改築当初は大宴会場として設けられ、寓意画で覆われていた。
意義・現在
宮殿はハイドンと不可分に結びついている。ハイドンは1761年からエステルハージ家に仕え、宮廷楽長として数多くの作品をこの地で生み出した。第二次世界大戦後はブルゲンラント州政府などが長く一部を使用したが、2010年に所有者であるエステルハージ財団へ運営が戻り、現在は美術展示や年間百を超える演奏会の催される文化拠点となっている。オーストリアの文化財として登録され、バロック宮殿建築の好例として、また音楽史の舞台として広く親しまれている。