シュパイヒャーシュタット Speicherstadt
ドイツ・ハンブルクの港湾に広がる、世界最大級の倉庫街。1883年から1927年にかけて、運河と橋でつながれた赤煉瓦の倉庫群が建設された。フランツ・アンドレアス・マイヤーが主導したネオゴシックの煉瓦建築で統一され、2015年に世界遺産へ登録された。
§1 — 概要概要
シュパイヒャーシュタット(Speicherstadt、「倉庫の街」の意)は、ドイツ・ハンブルクの港湾部に位置する、世界最大級の歴史的倉庫街である。エルベ川の中州を造成した区域に、運河と橋でつながれた赤煉瓦の倉庫が約1.5キロにわたって連なる。コーヒー・茶・香辛料・絨毯など高価な物産の保税倉庫として機能し、ハンブルク港の繁栄を象徴してきた。
歴史
19世紀後半、ハンブルクはドイツ関税同盟に加わるにあたり、関税の免除される自由港区を維持するための新たな倉庫群を必要とした。1883年、ケールヴィーダーとヴァントラーム両島の住宅街が取り壊され、2万人を超える住民の立ち退きを経て建設が始まった。1888年に皇帝ヴィルヘルム2世が第一期を開いて以降、第一次世界大戦による中断を挟みつつ三期に分けて工事が進み、全体は1927年に完成した。第二次大戦の空襲で西半分が失われたが、戦後はおおむね旧来の様式に倣って再建された。2013年には自由港区が廃止され、現在は再開発地区ハーフェンシティの一部となっている。
建築的特徴
倉庫群は、エルベ川の軟弱な地盤に数万本の樫の杭を打ち込んだ基礎の上に建つ。外観は、ハンブルク市の主任技師フランツ・アンドレアス・マイヤーが定めたネオゴシック(ゴシック・リヴァイヴァル)の煉瓦様式で統一されている。尖頭アーチの窓や繊細な窓割(トレーサリー)、段状の破風、小尖塔、控え壁、そして砂岩の装飾を組み合わせ、実用本位の倉庫を都市の記念碑へと高めた。建物の多くは水路と街路の双方に面し、荷は運河側から艀(はしけ)で搬入された。鉄の柱と木の床は、重量の異なる多様な物産を収めるための工夫である。煉瓦と砂岩の二素材に絞った抑制された意匠は、19世紀北ドイツのハノーファー派の流れをくむものである。
意義・現在
シュパイヒャーシュタットは、産業化の時代に生まれた港湾倉庫建築が、機能性と都市美を両立しうることを示した稀有な事例である。隣接するコントールハウス地区(チリハウスを含む)とともに、海上交易の発展を伝える遺産として2015年に世界遺産へ登録された。現在は倉庫としての用途に加え、ミニチュア・ワンダーランドや国際海事博物館など多くの文化施設が入り、運河をめぐる遊覧が観光の目玉となっている。