聖ニコライ教会 St. Nicholas Church, Hamburg
ハンブルク旧市街に建つ、かつて世界最高の建造物だった教会。1842年の大火後、英国の建築家ジョージ・ギルバート・スコットの設計で1846–74年にゴシック・リヴァイヴァル様式で再建されたが、1943年の空襲で大半を失い、147メートルの尖塔と地下聖堂が戦災の慰霊碑として残る。
§1 — 概要概要
聖ニコライ教会(St.-Nikolai-Kirche)は、ドイツ・ハンブルクの旧市街に建つ、かつて市の五大主教会(Hauptkirche)の一つに数えられた教会である。19世紀にゴシック・リヴァイヴァル様式で再建された壮大な建物で、1874年から1876年までは世界で最も高い建造物であった。第二次世界大戦で大半が破壊され、今日では147メートルの尖塔と地下聖堂が、戦争への警鐘を発する慰霊の遺構(Mahnmal)として保存されている。
歴史
聖ニコライに捧げられた最初の礼拝堂は、水夫の守護聖人にちなみ12世紀末(1195年)にアルスター川のほとりに建てられた木造の堂であった。これは14世紀に煉瓦造の教会へと建て替えられたが、1842年のハンブルク大火で最初に焼け落ちた大規模公共建築となった。市民の募金と設計競技を経て、中世教会の修復に通じた英国の建築家ジョージ・ギルバート・スコットが再建設計を委ねられる。建設は1846年に始まり、身廊は1863年に献堂、147メートルの尖塔は1874年に完成した。この尖塔により教会は当時世界最高の建造物となり、1876年にルーアン大聖堂に抜かれるまでその地位を保った。1943年7月、連合軍による大規模空襲「ゴモラ作戦」で教会は甚大な被害を受け、屋根は崩落し身廊は失われる。残った身廊は1951年に解体され、塔と地下聖堂のみが残された。
建築的特徴
スコットの設計は、フランスとイギリスのゴシックを強く反映しつつ、尖塔の意匠にはドイツ的な性格をもつ。黄色い煉瓦を主体に砂岩の彫刻で飾られ、北ドイツの煉瓦ゴシックの伝統を19世紀の復興様式へと翻案した点に特徴がある。身廊は長さ約86メートル、ヴォールトの高さ28メートルに及び、尖頭アーチとリブ・ヴォールト、繊細なトレーサリーが垂直性を強調した。とりわけ天を衝く尖塔は、構造的な達成であると同時に、港へ向かう船の目印ともなる都市の象徴であった。
意義・現在
聖ニコライ教会は、19世紀ヨーロッパにおけるゴシック・リヴァイヴァルの記念碑的作例であり、その尖塔は今なおテレビ塔に次ぐハンブルク第二の高さを保つ。戦後、教会としての再建は見送られ、塔と遺構は戦争と独裁への警鐘を担う慰霊施設として位置づけられた。1987年以降は保存団体による修復が進み、地下聖堂には空襲と戦災を伝える展示が設けられている。2005年にはエレベーターが設置され、訪れる者は尖塔内の展望台からハンブルクの街を見渡すことができる。完成された壮麗さではなく、失われたものの記憶を通じて語りかける点に、この建物の現在の意義がある。