聖ペテロ・パウロ大聖堂(タリン) St. Peter's and St. Paul's Cathedral
エストニアの首都タリンの旧市街に建つ、カトリック・タリン教区の司教座聖堂。1841年に着工し1844年に完成した、カルロ・ロッシ設計の新古典主義建築である。
§1 — 概要概要
聖ペテロ・パウロ大聖堂(エストニア語:Peeter-Pauli katedraal)は、エストニアの首都タリンの旧市街、ヴェネ通りに建つカトリック聖堂である。ローマ・カトリック・タリン教区の司教座聖堂であり、宗教改革以降カトリックが長く後退していたエストニアにあって、再び礼拝の場として19世紀に建てられた。サンクトペテルブルクで活躍した建築家カルロ・ロッシの設計による。
歴史
中世のエストニアでは北方十字軍を通じてカトリックが広まったが、16世紀の宗教改革でルター派が主流となり、スウェーデン統治下ではカトリックは禁じられた。大北方戦争を経てエストニアがロシア帝国領になると信仰の自由が認められ、1799年、カトリック教区は閉鎖されていた聖カタリナ修道院の旧食堂を礼拝所として与えられた。共同体の拡大により手狭となったため、1841年に新たな聖堂が計画される。設計を担ったロッシは、中世修道院の食堂の壁を基礎としつつ、新たな堂を構想した。建設は1841年に始まり1844年に完成、翌1845年に奉献された。西正面は1920〜24年にエーリヒ・ヤコビーらの手で改められ、現在の姿となった。
建築的特徴
外観は端正な新古典主義でまとめられ、内部にはネオ・ゴシックの細長いバシリカ空間が広がる。この二つの様式を併せもつ点がこの聖堂の個性であり、アプス(後陣の張り出し)を省いた簡素な構成をとる。内陣の木製のネオ・ゴシック装飾は後に撤去されたが、ロッシによる空間の骨格は今も保たれている。祭壇画《聖母被昇天》はグイド・レーニに帰される作品で、バイエルン王ルートヴィヒ1世からの寄贈と伝えられる。
意義・現在
この聖堂は、ロシア帝国期にカトリックが公に礼拝堂を構えた、エストニアにおける数少ない事例である。1924年にタリンの使徒座管理区が設けられると司教座聖堂となり、現在はポーランド系・リトアニア系を中心とする信徒の礼拝の場として、また多言語のミサを行う場として機能している。建物はユネスコ世界遺産「タリン歴史地区(旧市街)」の範囲内に位置する。2002〜03年には19世紀後半の色彩が復元された。