スタディオ・アルテミオ・フランキ Stadio Artemio Franchi
イタリア・フィレンツェの競技場。技師ピエル・ルイジ・ネルヴィが1930年代に設計した鉄筋コンクリート建築の初期の傑作で、片持ちの大屋根と螺旋階段、マラトナ塔で知られる。
§1 — 概要概要
スタディオ・アルテミオ・フランキ(Stadio Artemio Franchi)は、イタリア・トスカーナ州フィレンツェの鉄筋コンクリート造の競技場である。技師ピエル・ルイジ・ネルヴィが1930年代初頭に設計し、20世紀のスポーツ建築における鉄筋コンクリート表現の出発点として、建築史上きわめて重要な位置を占める。現在はサッカークラブのACFフィオレンティーナの本拠地であり、収容人数は約4万7千人である。
歴史
建設は、フィレンツェ市とフィオレンティーナ初代会長ルイジ・リドルフィの主導で進められた。当初は市の技術部に委ねられた計画が、1930年末に技師ネルヴィの会社ネルヴィ&ネッビオージへと託される。工事は二期に分けて行われ、第一期で観覧席の本体が、1932年からの第二期で外付けの螺旋階段と高さ約55メートルのマラトナ塔(マラソン塔)が築かれた。1931年9月13日にフィオレンティーナ対アドミラ・ウィーンの試合で公式に開場し、1932年に完成をみた。建設当初はファシストの殉教者にちなみスタディオ・ジョヴァンニ・ベルタと呼ばれたが、戦後にコムナーレ(市営競技場)と改称され、1991年に元イタリアサッカー連盟会長アルテミオ・フランキの名を冠した。正面玄関部はアレッサンドロ・ジュントーリの設計による。
建築的特徴
この競技場を名高いものにしたのは、三つの先駆的な要素である。第一に、中間の支柱を持たずに観覧席を覆う片持ちの大屋根。第二に、観客を席へ導く外付けの螺旋階段で、薄い片持ちの板に段が載る大胆な構造をもつ。第三に、ガラスを纏った塔状のマラトナ塔である。いずれも鉄とコンクリートの力学をそのまま造形へと昇華させたもので、構造と意匠が分かちがたく結びついている。競技場の平面は、隣接する陸上トラックの寸法という制約から、左右非対称の「D字」を描く。
意義・現在
フランキ競技場は、二つの大戦間期のイタリアにおける鉄筋コンクリート公共建築の最も重要な達成の一つとされ、ネルヴィを国際的な建築家へと押し上げた出世作となった。1934年と1990年のワールドカップでも使用されている。イタリア文化省により20世紀の文化財として保護されており、近年進められている大規模改修も、ネルヴィの遺したコンクリートの造形を保存することを条件としている。
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