ワルシャワの新世界通りに建つ新古典主義の建物。アントニオ・コラッツィの設計で1820〜23年に学術団体の本拠として改築され、現在はポーランド科学アカデミーが入る。前庭にコペルニクスの記念像が立つことでも知られる。
§1 — 概要概要
スタシツ宮殿(Pałac Staszica)は、ポーランド・ワルシャワの目抜き通り新世界通り(ノヴィ・シフィアト)に建つ新古典主義の建物である。「宮殿」を名乗るが住居ではなく、創建以来一貫して学術団体の拠点として用いられてきた。現在はポーランド科学アカデミーが本部を置く。建物の前にはコペルニクスの記念像が立つ。
歴史
敷地の歴史は1620年、ジグムント3世が東方正教会の小聖堂を建てさせたことに始まる。のちドミニコ会の管理下に置かれたこの建物を、1818年に啓蒙思想家スタニスワフ・スタシツが買い取り、改築を委ねた。設計を担ったイタリア出身の建築家アントニオ・コラッツィは、1820年から1823年にかけて全体を新古典主義様式へと一新する。スタシツはこれを学友協会に寄贈した。1830年には建物の前に、トルヴァルセンが手がけたコペルニクスの記念像が除幕された。19世紀末のロシア統治下では正教会風に改装されたが、両大戦間期にコラッツィの姿へ復元され、第二次大戦の破壊を経て戦後に再建された。
建築的特徴
現在の外観は、コラッツィが与えた整然たる新古典主義の構成を基礎とする。中央に列柱を並べたポルティコを据え、水平を強調する落ち着いた立面は、19世紀前半のワルシャワに花開いた新古典主義建築の典型を示す。コラッツィは同時期に大劇場をはじめ市内の主要な公共建築を多く手がけており、本建築もその系譜に連なる。
意義・現在
スタシツ宮殿は、ポーランド啓蒙の理念を体現する学術の殿堂として築かれ、度重なる政治的変動と戦災を越えて再生してきた建築である。ロシア化と復元、破壊と再建という来歴そのものが、近代ポーランドの歩みを映している。今日もポーランド科学アカデミーの本部として用いられ、前庭のコペルニクス像とともに、ワルシャワにおける学知の拠点であり続けている。