国立クレムリン宮殿 State Kremlin Palace
モスクワのクレムリン内に建つ大ホール。フルシチョフの主導で1959年に着工し、共産党大会の会場として1961年に開館した。ポソーヒンらによるソビエト・モダニズムの代表作で、現在はコンサートやバレエの殿堂として使われている。
§1 — 概要概要
国立クレムリン宮殿(Государственный Кремлёвский дворец)は、モスクワのクレムリン城内に建つ多目的の大ホールである。当初は「クレムリン大会宮殿」と呼ばれ、ソ連共産党の大会の会場として1959年から1961年にかけて建設された。建築家ミハイル・ポソーヒンを長とする設計チームの手になるソビエト・モダニズムの代表作で、6,000席の大ホールを備える。古い城内の伽藍に近代建築を挿入した点で当初から議論を呼んだが、現在はコンサートやバレエを上演する、国を代表する文化施設となっている。
歴史
建設は、ニキータ・フルシチョフの主導で計画された。1959年に閣僚会議が建設を決定し、党大会のための会場をクレムリン内に設けることが定められた。中国の人民大会堂に着想を得たとされ、設計チームは大規模建築の知見を求めて視察にも赴いた。工期はおよそ16か月と短く、1961年10月17日、第22回ソ連共産党大会の開幕に合わせて開館した。以後、党大会や国家的な式典の主要な舞台となる一方、開館当初からボリショイ劇場の管理下に置かれ、コンサートやバレエの会場としても用いられた。1992年、それまでの「大会宮殿」から「国立クレムリン宮殿」へと改称された。
建設にあたっては、19世紀の新古典主義による旧武器庫の建物など、城内のいくつかの歴史的建造物が取り壊された。この点は、近代建築が歴史的環境と鋭く対比をなすこととあいまって、大きな論争を招いた。
建築的特徴
建物は、鉄筋コンクリートの骨組みをガラスと白大理石で覆った、装飾を抑えた直方体の量塊である。垂直に走る大理石の柱(ピロン)とガラス面が交互に立ち並ぶ立面をもち、過剰な装飾を排した簡素な幾何学形態は、スターリン時代の重厚な様式からの転換を示している。周囲の歴史的建造物への配慮から建物の高さは抑えられ、全体の約半分(およそ17メートル)が地下に埋められている。中央の大ホールは約6,000席を収容し、当時として先進的とされた音響を備えていた。
意義・現在
フルシチョフ期のソビエト・モダニズムを象徴する建築であり、1962年には設計に携わった建築家たちがレーニン賞を受けた。クレムリンとその一帯は1990年にユネスコの世界遺産に登録されているが、本建物は20世紀半ばに加えられた近代の挿入物であり、その評価は今日も分かれている。ボリス・エリツィンの大統領就任式もここで行われた。現在はバレエ団「クレムリン・バレエ」の本拠地であり、国内外の演奏家を迎える、ロシアでも有数の公演会場として使われている。
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