トラヤヌスの記念柱 Trajan's Column
ローマのトラヤヌスのフォルムに立つ古代ローマの記念柱。皇帝トラヤヌスのダキア戦争での勝利を記念し、113年に奉献された。柱身を螺旋状に巡る浮き彫りで知られる。
§1 — 概要概要
トラヤヌスの記念柱(Columna Traiana / Trajan's Column)は、ローマ中心部のトラヤヌスのフォルムに立つ古代ローマの記念柱である。皇帝トラヤヌスによるダキア戦争(現ルーマニアにあたる地域での戦役、101〜102年・105〜106年)の勝利を記念して建てられ、113年に奉献された。柱身を下から上へ螺旋状に巡る連続した浮き彫りで世界的に知られ、後世の数多くの「勝利の記念柱」の原型となった。
歴史
ダキア戦争の勝利後、戦利品を財源としてトラヤヌスのフォルムが整備され、その一画、二つの図書館とバシリカ・ウルピアに挟まれた小さな中庭に記念柱が据えられた。完成・奉献は113年で、設計はトラヤヌスのフォルム全体を手がけた建築家ダマスカスのアポロドーロスに帰せられる。柱の台座にはトラヤヌスとその妃の遺灰が納められ、頂部には当初トラヤヌスの像が立っていた。皇帝像は中世に失われ、1587年に教皇シクストゥス5世によって聖ペテロの像へと置き換えられ、現在に至る。約1,900年を経てなお良好に残る、古代の記念建造物のなかでも稀有な遺構である。
建築的特徴
記念柱は、20個前後のカラーラ産大理石の太鼓状の石材を積み上げて構成される。柱身そのものの高さは約30m、台座を含めた全高は約35mに達する。内部には185段の螺旋階段が穿たれ、頂部の展望台へ通じる。最大の特徴は、柱身を23周しながら立ち上がる全長約190mの浮き彫りの帯である。そこにはダキア戦争の二度の遠征が時系列で刻まれ、橋や陣営の構築、行軍、戦闘などの場面に2,600を超える人物が登場する。皇帝トラヤヌス自身も繰り返し大きく表され、ローマ国家の権威を視覚的に物語る。
意義・現在
トラヤヌスの記念柱は、連続する物語を一本の柱に展開するという、古代ローマ独自の浮き彫り表現の頂点とされる。その帯状の構成は、後の凱旋記念柱や記念塔の手本となり、パリのヴァンドーム広場の記念柱などに受け継がれた。浮き彫りはダキア戦争の図像史料であると同時に、当時のローマ軍の装備や工兵活動を伝える貴重な記録でもある。風化による表面の損傷から、各所の博物館には精密な複製が保存されている。柱は現在もフォルムの跡に立ち、ローマ歴史地区の世界遺産の一部をなしている。
関連する建築
Related※ イタリアではパノラマの自由が認められておらず、文化財の画像の商業利用は文化財コードにより制限されうる。掲載画像はウィキメディア・コモンズで自由ライセンス(CC BY-SA 4.0)により提供されているものを使用している。