パキスタン・ラホールの帝室モスク。ムガル帝国第6代皇帝アウラングゼーブが1671年に着工させ、わずか2年で完成した。赤砂岩に白大理石を嵌める意匠と、10万人を収容する広大な中庭で知られる。
§1 — 概要概要
バードシャーヒー・モスク(Badshahi Mosque、ウルドゥー語で「皇帝のモスク」の意)は、パキスタン・パンジャーブ州ラホールの城壁都市の西端に建つ帝室モスクである。ムガル帝国第6代皇帝アウラングゼーブの命により1671年に着工し、1673年に完成した。ムガル朝が建てた最大のモスクであり、赤砂岩の壁面に白大理石を嵌め込む意匠と、10万人を収容する広大な中庭で知られる。庭園を挟んでラホール城のアーラムギーリー門と正対し、城とモスクが一対をなす帝都の景観を構成している。
歴史
アウラングゼーブは先代までの皇帝と異なり芸術・建築の庇護者ではなく、治世の大半を軍事遠征に費やした。このモスクは、南インドでの遠征、とりわけマラーター勢力との戦いを記念する事業として建てられている。造営は皇帝の乳兄弟でラホール太守を務めたフィダーイー・ハーン・コーカーが指揮した。設計にあたった建築家の名は伝わっていない。
1799年にラホールがシク王国のランジート・シングの支配下に入ると、中庭は軍馬の厩舎に、周囲に並ぶ80の学習室は兵舎と倉庫に転用された。1849年以降のイギリス統治下でも駐屯地としての利用が続き、1857年のインド大反乱の後に学習室は取り壊されて開放的なアーケードに置き換えられた。礼拝施設としての返還は1856年で、以後は管理組合のもとで断続的に修理が行われる。1939年に始まった大規模修復は1960年に完了し、創建時の姿の回復が図られた。
建築的特徴
平面はシャー・ジャハーンがデリーに建てたジャーマー・マスジドを踏襲しつつ、規模で大きく上回る。ラホールでは彩釉タイルによる装飾が在来の主流であったが、ここでは赤砂岩と白大理石の対比を主題とし、素材そのものの色で構成する方向へ転じている。
22段の階段を上がった基壇の上に二層の楼門が立ち、これを抜けると約2万5,600平方メートルのサハン(中庭)が広がる。礼拝室の正面は中央の大きなイーワーン状の壁龕と、その三分の一ほどの高さの5つのアーチからなり、屋上には大理石のドームが三基載る。四隅には八角形三層のミナレットが高さ約60メートルで立ち、頂部を大理石の天蓋が覆う。楼門にはムカルナスが用いられ、内外の白大理石には花文の浮彫が施される。
意義・現在
ムガル帝室による最後の大規模な造営の一つであり、タージ・マハルに代表される白大理石の時代から、赤砂岩を主体とする明快で量塊的な構成への転回を示す作例である。礼拝室に1万人、中庭に10万人を収容し、イード(祝祭)の際には野外礼拝場として機能する構成をとる。1974年の第2回イスラム首脳会議では各国首脳が参集して金曜礼拝を行った。パキスタン政府は1993年に世界遺産の暫定リストへ記載しているが、本登録には至っていない。境内の入口近くには詩人ムハンマド・イクバールの廟がある。