ベルリン中心部にあった旧王宮。15世紀から1918年まで選帝侯・プロイセン国王・ドイツ皇帝の居城だった。シュリューターによるプロイセン・バロックの傑作で、東ドイツ政権による解体を経て21世紀に外観が復元され、現在はフンボルト・フォーラムが入る。
§1 — 概要概要
ベルリン王宮は、ドイツのベルリン中心部、シュプレー島に位置した旧王宮である。15世紀から1918年まで選帝侯やプロイセン国王、ドイツ皇帝の居城として機能し、アンドレアス・シュリューターによるプロイセン・バロック建築の傑作として知られた。戦後に東ドイツ政権によって取り壊されたが、21世紀に外観が復元され、現在はフンボルト・フォーラムという文化施設が入っている。
歴史
1443年の選帝侯フリードリヒ2世による築城を起源とし、16世紀にはルネサンス様式へと改築された。1689年以降はシュリューターの指揮下で、バロック様式の壮大なファサードを持つ宮殿へと大規模に改築された。その後も改修が加えられ、1845年には高さ約60メートルのドームが追加されて市街の象徴的な景観を形成した。1918年の革命で君主制が廃止されると宮殿は公的機能に転用されたが、第二次世界大戦の空襲で被害を受けた。戦後、東ドイツ当局は1950年に残存する建物を爆破・撤去し、その跡地には1976年に共和国宮殿が建てられた。しかし2008年までにこれも解体され、2007年の連邦議会決定に基づき、イタリアの建築家フランコ・ステッラの設計により2013年から2020年にかけて再建が進められた。
建築的特徴
再建された建物は、シュリューターが築いたバロック宮殿の三方の外観を歴史的に復元しながら、シュプレー川に面する側と内部空間には現代的な意匠を取り入れている。復元された外観は古典的なオーダーを用いた重厚な壁面と豊かな彫刻装飾で特徴づけられる。中央のドームと角部のポータルは、かつての王宮が市街を見渡していた輪郭を再現しており、内部は博物館・展示施設として全面的に新設され、歴史的な外観の中に現代の機能を収める構成になっている。
意義・現在
この再建は、戦後ドイツにおいて失われた歴史的建造物をいかに「取り戻す」かをめぐる記憶と都市再生の論争の中心となった。完成後はフンボルト・フォーラムとして、ベルリン国立博物館群の非ヨーロッパ地域の収蔵品を展示する施設として機能している。歴史的外観の復元と現代的な内部・用途の共存という点で、保存と創造をめぐる現代的な問いを体現する建築となっている。