アルメニア南部、アララト山を望む平原に建つ修道院。聖グリゴル・ルサヴォリチが…
中世アルメニアの首都アニに残る大聖堂。バグラトゥニ朝のもとで989年に着工し、建築家トルダトの設計により1001年に完成した。尖頭アーチや束ね柱はゴシックを先取りするとされる。現在はトルコ領の世界遺産アニ遺跡の中核をなす。
§1 — 概要アニの大聖堂(Cathedral of Ani)は、中世アルメニア王国の首都アニに建つ、アルメニア使徒教会の大聖堂である。正式には「聖母教会(スルブ・アストヴァツァツィン)」と呼ばれる。バグラトゥニ朝の最盛期にあたる10世紀末から11世紀初頭に、当時のアルメニアを代表する建築家トルダトの設計で築かれた。アニの数多い教会堂のなかでも最大かつ最も堂々とした建物であり、創建から半世紀ほどはアルメニア使徒教会の長カトリコスの座が置かれた。現在は屋根とドームを失った廃墟だが、それでもなお王都の大聖堂にふさわしい威容をとどめている。所在地は現在のトルコ東部、アルメニア国境に近いカルス県である。
建設は989年、バグラトゥニ朝の王スムバト2世のもとで始まった。しかし同年に王が没すると工事は中断する。折しもコンスタンティノープルではハギア・ソフィア大聖堂のドームが地震で損壊しており、トルダトはその修復を委ねられて同地へ赴いた。994年に新たなドームを完成させた彼は、993年にアニへ戻って工事を再開する。大聖堂は、スムバト2世の弟で後継者ガギク1世の妃カトラニデの下で、1001年に竣工した。1064年にセルジューク朝がアニを占領するとモスクとして用いられ、のちに再びアルメニアの教会に戻された。1319年の地震で円錐形のドームが崩落し、都市の衰退とともに荒廃が進む。1988年の地震では北西の隅が大きく損なわれた。1996年以降は保全の対象とされ、2016年には市域全体がユネスコ世界遺産に登録されている。
平面は、長方形の身廊に十字形の空間を内接させた内接十字の形式をとり、四本の束ね柱(複合柱)がかつてドームを支えていた。規模はおよそ22×35メートルで、王都の大聖堂にふさわしい広がりをもつ。外壁は段状の基壇から立ち上がり、細い付柱が壁面を上りつめて軒下で盲アーケードを形づくる。内部で目を引くのは、半円ではなく先のとがった尖頭アーチと、柱を束ねたような複合柱である。これらは、のちに西ヨーロッパで花開くゴシック建築の要素を先取りするものとして、しばしば注目されてきた。凝灰岩の精緻な切石積みと、簡潔で硬質な彫りは、アルメニア建築の特質をよく示している。
アニの大聖堂は、中世アルメニア建築が到達した頂点のひとつであり、設計者トルダトの名声を不動のものとした。その形式と意匠は、同じトルダトによるとされるマルマシェン修道院の聖堂をはじめ、各地のアルメニア教会堂に影響を与え、19世紀のギュムリの聖救世主教会のように、近代になって範とされた例もある。一方で、この建物が置かれた状況は、アルメニアとトルコの歴史が交わる場所の複雑さをも映している。今日、大聖堂は世界遺産アニ遺跡の中心的な記念物として、国境を越えて訪れる人々を迎えている。