万国民の教会 Church of All Nations
エルサレム、オリーブ山の麓のゲツセマネに建つカトリック教会。イエスが捕縛前に祈ったと伝わる岩を囲んで、1919〜24年にアントニオ・バルルッツィの設計で建てられた。多くの国の寄付で建てられたことから「万国民の教会」と呼ばれる。
§1 — 概要概要
万国民の教会(Church of All Nations/ラテン語 Basilica Agoniæ Domini)は、エルサレム、オリーブ山の麓に広がるゲツセマネの園のかたわらに建つカトリック教会である。「苦悶の教会」「ゲツセマネ教会」とも呼ばれる。新約聖書に語られる、イエスが捕縛される前夜に祈ったと伝えられる場所に建ち、その祈りの岩とされる岩盤を内陣に取り込んでいる。多くの国から寄せられた寄付で建てられたことが、「万国民の」という名の由来である。
歴史
現在の教会は、二つの先行する聖堂の基礎の上に建っている。一つは4世紀のビザンティン様式のバシリカで、746年の地震で倒壊した。もう一つは12世紀の十字軍時代の小聖堂で、1345年に放棄された。1919年から基礎工事が始まると、十字軍聖堂の床下からビザンティン期のモザイクの断片や円柱が見つかった。発見を受けて設計は改められ、古い聖堂の遺構を発掘・保存したうえで、現在の聖堂の建設が1922年から進められ、1924年6月に献堂された。設計はイタリア人建築家アントニオ・バルルッツィが手がけた。
建築的特徴
様式は、ビザンティン建築を範とするネオ・ビザンティン(ビザンティン・リヴァイヴァル)である。正面は列柱の上に古典的な切妻(ペディメント)を戴き、その妻壁を覆う黄金のモザイクが、神と人類の和解を主題とした図像で陽光に輝く。堂内は十二の小ドームに分かれ、各ドームには建設資金を寄せた国々の紋章が配される——これが「万国民」の名を建築として体現している。内部は意図的に薄暗く抑えられ、紫がかったガラスを通した光が、ゲツセマネの夜の祈りの情景を堂内に再現する。中央には、イエスが祈ったと伝わる岩盤が低い柵に囲まれて据えられている。
意義・現在
万国民の教会は、聖地に重なる幾層もの歴史——ビザンティン、十字軍、そして20世紀——を一つの場所に束ねた建築である。発掘された古聖堂の上に新たな聖堂を慎重に重ねた手法は、聖地における建築のあり方を考えるうえで示唆に富む。フランシスコ会の管理のもと、今日も多くの国の巡礼者を迎える祈りの場となっている。庭の野外祭壇は、宗派を越えた礼拝にも用いられている。