ガッチナ宮殿 Gatchina Palace
ロシア、サンクトペテルブルク郊外のガッチナに建つ宮殿。エカチェリーナ2世の寵臣オルロフのため建築家アントニオ・リナルディが18世紀後半に設計し、のちに皇帝パーヴェル1世のもとヴィンセンツォ・ブレンナが城砦風に改めた。世界遺産の構成資産。
§1 — 概要概要
ガッチナ宮殿(ロシア語: Большой Гатчинский дворец、大ガッチナ宮殿)は、ロシア・レニングラード州の都市ガッチナに建つ宮殿である。サンクトペテルブルクの南西に位置し、18世紀後半にエカチェリーナ2世の寵臣グリゴリー・オルロフのために築かれた。イタリア出身の建築家アントニオ・リナルディ(Antonio Rinaldi)の設計になり、宮殿でありながら中世の城を思わせる重厚な外観をもつことで知られる。
歴史
建設は1766年に始まり、1781年に主要部が完成した。施主のオルロフは女帝エカチェリーナ2世の寵を受けた貴族で、リナルディは彼のために、イタリアの宮殿建築とイギリス風の城館の趣を併せもつ館を設計した。1783年にオルロフが没すると、女帝はこの宮殿を買い戻し、息子の皇太子パーヴェル(のちの皇帝パーヴェル1世)に与えた。パーヴェルは1790年代、建築家ヴィンセンツォ・ブレンナ(Vincenzo Brenna)に命じて宮殿を大幅に改めさせた。両翼が高くされ、堀と練兵場が設けられて、宮殿は軍人皇帝の居城にふさわしい城砦の性格を強めた。第二次世界大戦中の1944年、撤退するドイツ軍によって宮殿は火を放たれ大きな被害を受けたが、戦後に長い歳月をかけて修復が進められ、1985年から博物館として再び公開された。
建築的特徴
外壁には、近郊で産する淡い灰色のプドスト石が用いられ、その素朴な質感が城のような厳しさを建物に与えている。中央の主棟を、多角形の塔をもつ二つの翼が囲み、全体は閉じた中庭をもつ城館の形式をとる。狩猟を好んだ施主のために、宮殿からは地下道が掘られ、近くの銀色の湖(銀湖)の岸へと通じている。華やかな離宮の多いサンクトペテルブルク近郊の宮殿群のなかにあって、軍事的な厳格さと古典的な均整を併せもつ点に、ガッチナ宮殿の個性がある。
意義・現在
ガッチナ宮殿は、リナルディの古典的な構想に、パーヴェル1世の防備への志向を体現したブレンナの改築が重なって生まれた、二つの時代の合作である。皇帝パーヴェル1世がとりわけ愛した居城であり、その治世の気風を伝える場所でもある。現在は宮殿博物館として、復元された居室や歴史展示を公開している。サンクトペテルブルクとその周辺の宮殿・庭園群とともに、ユネスコの世界遺産「サンクトペテルブルク歴史地区と関連建造物群」の構成資産に登録されている。