オラニエンバウム Oranienbaum ensemble with palace
サンクトペテルブルク近郊、フィンランド湾に臨むロシア皇室ゆかりの離宮群。ピョートル大帝の重臣メンシコフのために1710年代に着工された大宮殿を核に、後年リナルディが手がけたロココの建築や庭園が加わった。
§1 — 概要概要
サンクトペテルブルク西方、フィンランド湾を望む地に営まれた離宮の複合体である。ピョートル大帝の腹心アレクサンドル・メンシコフのために築かれた大メンシコフ宮殿を起点とし、のちに皇室の夏の離宮として拡張された。第二次世界大戦の戦禍を比較的免れたため、18世紀ロシアのバロックとロココの建築が良好に残る。宮殿群と市街は世界遺産に登録されている。
歴史
1707年、ピョートル大帝はこの海辺の地をメンシコフに与えた。メンシコフは建築家ジョヴァンニ・マリア・フォンターナとゴットフリート・シェーデルに大宮殿の建設を委ね、工事は1710年代から1727年にかけて進められた。主の失脚後、宮殿は皇室の所有となり、1740年代以降は皇位継承者ピョートル(のちのピョートル3世)の夏の離宮となる。1750年代から70年代にかけては、建築家アントニオ・リナルディが城塞や庭園、ロココの諸建築を手がけた。宮殿は18世紀半ばには宮廷文化の舞台ともなり、メタスタージオの台本によるオペラがここで初演された記録も残る。19世紀に入ると一帯は貴族の所領となった。
建築的特徴
海に向かって低く長く伸びる大メンシコフ宮殿は、黄土色と黄色を基調とする穏やかな外観をもち、中央のパビリオンのみが一段高く構える。ペトロ朝バロックの簡素な威厳を示す建築である。これに対し、リナルディが後に加えた建築群は、繊細な曲線と室内装飾を特徴とするロココの感覚にあふれ、1750年から70年にかけて造られた上の庭園とともに一帯に変化に富んだ景観を与えている。
意義・現在
オラニエンバウムは、サンクトペテルブルク周辺に点在する皇室離宮のなかでも、戦災を免れて創建期の姿を比較的よくとどめる稀少な例である。ロシアにおける西欧建築の受容と展開、すなわちピョートル朝のバロックからエリザヴェータ朝のロココへの流れを一つの場所でたどれる点に意義がある。20世紀末から修復が進み、現在は博物館として公開されている。