ヘット・ロー宮殿 Het Loo Palace
オランダ、アペルドールンに建つ宮殿。総督オラニエ公ウィレム3世と妃メアリー2世のため1684年に着工されたオランダ式バロックの代表作で、左右対称の端正な構成と、後に復元されたバロック庭園で知られる。
§1 — 概要概要
ヘット・ロー宮殿(Paleis Het Loo)は、オランダ東部ヘルダーラント州のアペルドールンに建つ宮殿である。オランダ総督オラニエ公ウィレム3世と、その妃メアリー2世のために、1684年から1686年にかけて建設された。狩猟のための離宮として構想されながら、左右対称の端正な構成と整形式庭園を備え、オランダ式バロック(オランダ古典主義とも呼ばれる)を代表する建築に数えられる。ヴェルサイユのような威圧的な規模をあえて避け、上品な邸宅として自らを示そうとした点に、この建築の性格がよく表れている。
歴史
ウィレム3世は1684年、中世以来の狩猟館であったヘット・アウデ・ロー城と周囲の森・水路を買い取り、その隣に新たな館を建てることを決めた。設計を主導したのは、当時ライデン市の建築家を務めていたヤコブ・ローマン(Jacob Roman)である。内装と装飾は、ナント勅令の廃止を機にフランスから亡命したユグノーの意匠家ダニエル・マロット(Daniel Marot)が担い、庭園はル・ノートルの甥クロード・デゴ(Claude Desgots)の構想に、マロットのパルテール意匠が重ねられて整えられた。
1688年の名誉革命の後、ウィレムとメアリーは1689年にイングランド王・女王として即位する。これに伴って1690年代には宮殿の拡張が進み、翼棟が加えられて、当初の狩猟館は王の居館へと姿を変えた。
19世紀初頭、ホラント王ルイ・ボナパルトの時代には外壁が灰白色の漆喰で塗り込められ、バロック庭園の上には英国式の風景庭園が造られた。1911年には女王ウィルヘルミナが中央部に一層を加え、創建時の対称性は部分的に損なわれた。
建築的特徴
中央の主棟の両脇に翼棟を配し、半円形の列柱廊で結ぶ左右対称の構成をとる。前庭と庭園のあいだに建つ配置(entre cour et jardin)はヴェルサイユやパリの邸宅と共通するが、規模は注意深く抑えられている。外壁はピラスターと軒蛇腹(エンタブラチュア)が穏やかな律動を与えるのみで、過度の彫刻装飾を排した古典的な簡素さにとどまる。これはイタリア・バロックの躍動とは対照的な、北方の節度を映した「オランダ式バロック」の特質である。
背後に広がる「大庭園」は、軸線対称・放射状の砂利道・噴水と彫像を備えたバロック庭園でありながら、隆起した遊歩道に囲まれた閉じた空間として整えられている。それは王の威光を誇示する庭ではなく、総督の私的な楽しみのための庭にふさわしい親密さを保っている。
意義・現在
宮殿は1962年の女王ウィルヘルミナの死までオラニエ=ナッサウ家の住まいであり続け、以後オランダ国家の所有となった。1976年から1982年にかけての修復で、外壁の漆喰は除かれ、17世紀のバロック庭園が掘り起こすように復元された。1984年からは国立美術館「パレイス・ヘット・ロー」として一般に公開されている。2018年からの大規模な改修を経て2023年に再開し、現在はオランダ王室の歴史を伝える美術館として、国家記念物(rijksmonument)に登録されている。
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