カドリオルグ・スタジアム Kadriorg Stadium
エストニアの首都タリンにある1926年開場の競技場。独立期の国民的な陸上・サッカーの舞台で、現存する1938年の鉄筋コンクリート造観覧席はエストニア・モダニズムと構造技術の到達点とされる。
§1 — 概要概要
カドリオルグ・スタジアム(Kadrioru staadion)は、エストニアの首都タリンにある総合競技場である。1926年に開場した同国最古級の競技場で、独立期エストニアの国民的な陸上・サッカーの舞台となった。現存する象徴的な観覧席は1938年に建てられた鉄筋コンクリート造で、エストニア・モダニズムと構造技術の到達点として知られる。
歴史
この地に競技場を設ける構想は20世紀初頭からあり、1924年に「緑の野(ローヘリネ・アース)」の一画がエストニア体育中央連盟へ割り当てられた。前史をなすのは、建築家カルル・ブルマンが1923年の歌の祭典のために設計した木造の歌唱台で、これがそのまま観覧席へ転用された。1926年6月13日、国家元老ヤーン・テーマントの臨席のもと、一万五千人を集めて開場し、サッカーのエストニア対リトアニア戦が行われた。木造観覧席はやがて老朽化し、1936年の設計競技を経て、1938年に新たな鉄筋コンクリート造の観覧席が完成する。第二次大戦下のソ連占領期には「ディナモ・スタジアム」と改称された。
建築的特徴
1938年の観覧席は、建築家エルマル・ロフクの設計と構造技師アウグスト・コメンダントの協働による。最大の特色は、観客席の上へ支柱なしで張り出す片持ちの鉄筋コンクリート屋根で、当時のヨーロッパで最も先進的な観覧席のひとつと評された。観客を背面の通路から各座席へ導く動線計画も革新的とされる。一方、ブルマンによる前身の木造歌唱台は、音響のために整えた重厚な背面壁をもつ民族ロマン主義的な造形であった。
意義・現在
カドリオルグ・スタジアムは、独立を回復したばかりの小国が国民的な体育の場を自らの手で築いた記念碑である。とりわけ1938年の観覧席は、鉄筋コンクリートの片持ち構造を駆使したエストニア・モダニズムの代表作として今日まで保存されている。開場以来一貫して同国の主要な陸上競技場であり続け、近年も国際的な陸上選手権の会場となっている。