聖母教会 (トリーア) Liebfrauenkirche, Trier
ドイツ・トリーアの世界遺産教会。13世紀前半にフランス人石工が手がけた、ドイツ最初期のゴシック建築のひとつ。バラの花を思わせる集中式の平面と、十二使徒を表す十二本の柱で知られる。
§1 — 概要概要
聖母教会(Liebfrauenkirche)は、ドイツ西部、ラインラント=プファルツ州の古都トリーアに建つカトリックの教会堂である。隣接するトリーア大聖堂(ザンクト・ペーター大聖堂)と壁を共有して建ち、マグデブルク大聖堂と並んでドイツ最初期のゴシック建築のひとつに数えられる。ユネスコは本堂を「フランス国外に建てられた最も早い盛期ゴシック様式の教会」と評価し、1986年に「トリーアのローマ遺跡、ザンクト・ペーター大聖堂、聖母教会」の構成資産として世界遺産に登録した。
歴史
この地にはローマ時代、コンスタンティヌス帝の寄進に由来する大規模な二重教会が建っていたが、その南側が荒廃したため、13世紀初頭にトリーア大司教テオドリヒ・フォン・ヴィートが再建を発議した。堂内の柱に残る後世の銘は「1227年に着工し1243年に完成」と伝えるが、今日の研究では着工をおよそ1230年とみる説が有力である。建設にはシャンパーニュ地方から招かれたフランス人の石工が携わり、フランス盛期ゴシックの技術がドイツへ初めて本格的に持ち込まれた。資金難による中断を経て、聖堂はおおむね1260年ごろに完成したとされる。19世紀には中世の姿への復元を目指す大規模な修復が行われ、第二次世界大戦で甚大な被害を受けた後、1946年から1951年にかけて再建された。この戦後復興の過程で、建築家ルドルフ・シュヴァルツが主祭壇を空間の中心に据える案を競技設計で勝ち取り、後の第二バチカン公会議による典礼改革を先取りする内陣構成が生まれた。
建築的特徴
聖母教会の最大の特色は、ゴシックには珍しい集中式の平面にある。バラの花あるいは十字を思わせる平面は、内陣を除いてほぼ対称にまとめられる。聖母マリアを「神秘の薔薇(ロサ・ミスティカ)」になぞらえる象徴と解釈されてきた。堂内を支える十二本の柱は十二使徒を表すとされ、柱には使徒の像が添えられている。構造には尖頭アーチとリブ・ヴォールトが用いられ、外部にはフライング・バットレスが架けられて壁体の荷重を外へ逃がす。これにより壁面は大きく開かれ、トレーサリーで分割された高窓やステンドグラスから光が差し込む。全体の比例はランス大聖堂など同時代のフランス大聖堂の幾何学に倣いつつ、教区規模に合わせて簡潔にまとめられている。
意義・現在
聖母教会は、フランスで成立した盛期ゴシックの空間と構造の論理が、いかに早く国境を越えてドイツへ波及したかを示す稀少な作例である。集中式という独自の平面によって、垂直性と求心性という二つの志向を一身に体現している点でも、建築史上の意義は大きい。隣接する大聖堂とともに今日も教区教会として礼拝に用いられ、世界遺産の構成資産として保護されている。設計を担った中世の親方の名は伝わらないが、その達成は数世紀を経てなお、ドイツ・ゴシックの出発点として位置づけられている。