EST. 2026 — Editorial Archive of Notable Architecture
メルボルン・クリケット・グラウンド
© Flickerd / CC BY-SA 4.0
FIG. 01 — Q330136

メルボルン・クリケット・グラウンド Melbourne Cricket Ground

Melbourne Cricket Ground

メルボルン都心東側のヤラ・パークにある競技場。1853年にメルボルン・クリケット・クラブが用地を得て以来、スタンドを建て替えながら拡大し、約10万人を収める。1877年の史上初のテストマッチや1956年メルボルン五輪の舞台となった。

FIG. 02 — Location37.8199° S 144.9834° E
オーストラリア ヴィクトリア州 メルボルン
§1 — 概要

概要

メルボルン・クリケット・グラウンド(Melbourne Cricket Ground、通称MCG)は、オーストラリア・ヴィクトリア州メルボルンの都心東側、イースト・メルボルンのヤラ・パークにある屋外競技場である。夏はクリケット、冬はオーストラリアン・フットボールに使われる広大なオーバルを、ほぼ切れ目のない観客席が取り巻く。収容人数は約10万人で、国内最大、南半球でも最大の競技場である。1853年の開設以来、同じ敷地で使われ続けながら、観客席を一棟ずつ建て替えて今日の規模に達した。現在の姿は、1992年完成のグレート・サザン・スタンドと、2006年完成のノーザン・スタンドという二つの巨大なスタンドによって形づくられている。

歴史

一帯は先住のウルンジェリの人々が野営し、儀礼を営んだ土地であった。1838年に創設されたメルボルン・クリケット・クラブ(MCC)は、市内で移転を重ねたのち、鉄道建設で旧グラウンドを失った代わりとして、1853年に政府用地の一角10エーカーを与えられた。最初の会員用パビリオンは翌1854年に木造で建てられ、同年9月に初めての試合が行われている。1860年代末には競馬場の設計で知られるロバート・バゴットが地面を正確な楕円に整え、排水管を埋設した。

1877年3月、この地でオーストラリアとイングランドによる史上初のテストマッチが行われた。19世紀後半から20世紀前半にかけて、木造やれんが造のグランドスタンドが次々に建てられては、焼失や手狭を理由に建て替えられた。1927〜28年には設計事務所スティーヴンソン・アンド・メルドラムの設計で3代目の会員用パビリオンが完成し、1936〜37年には南側の半周を占めるサザン・スタンドが建てられた。

1956年にはメルボルン・オリンピックの主会場となり、北側に巨大なオリンピック・スタンドが新築された。1968年には西側のポンスフォード・スタンドが加わり、1970年のフットボールの決勝で12万1696人という入場者の記録が生まれた。

1980年代末、老朽化したサザン・スタンドにコンクリートの劣化が見つかり、ヴィクトリアン・フットボール・リーグ(現AFL)が費用を分担して決勝戦を長期にわたり開催する協定が結ばれた。これを受けて、ダリル・ジャクソンとクラブの建築家トンプキンズ・ショー・アンド・エヴァンズが共同で新スタンドを設計し、1990年に着工、1992年3月のクリケット・ワールドカップ決勝で開場した。続いて2003年から2005年にかけ、北側の会員用パビリオン、オリンピック・スタンド、ポンスフォード・スタンドが順に取り壊され、5社の設計共同体MCG5による一続きのノーザン・スタンドに置き換えられた。構造設計はコネル・モット・マクドナルドとアラップの共同体が担った。総工費は4億豪ドルを超え、2006年のコモンウェルス・ゲームズに合わせて完成した。

建築的特徴

競技場の平面は、全方向に打球が飛ぶクリケットのための大きな楕円で決まっている。観客席はこの楕円に沿ってリング状に巡り、南の半周をグレート・サザン・スタンド(2022年にシェーン・ウォーン・スタンドと改称)、北の半周をノーザン・スタンドが占めて、ほぼ閉じたボウルをなす。

高層ビルから見下ろした楕円形の競技場と周囲の緑地
ユーリカ・タワーから見たMCG。楕円の競技面を観客席が取り巻き、周囲をヤラ・パークの緑地が囲むSuperJew / CC BY-SA 4.0 — Wikimedia Commons

グレート・サザン・スタンドは4層の客席に完成当初で4万人余りを収め、各層への移動を大きな斜路の系統でさばいた。鉄骨の構造をあらわにした屋根が特徴である。設計の途中、最良の視点を企業向けの個室に充てる案を州首相ジョン・ケインが退け、個室の上に一般客の層を重ねるよう改めさせた。これにより最上層は高く、急な勾配となった。完成後、ヴィクトリア州とオーストラリア建築家協会の主要な建築賞を受けている。

ノーザン・スタンドは、旧3棟の跡に5万5千席を4層で設けた単一の構造体である。外観は一続きでも、区画ごとに旧スタンドの名を受け継いでいる。競技場を囲む6基の照明塔は1985年に使われ始めて夜間の試合を可能にし、遠くからもMCGの所在を示す目印となった。

観客席の屋根の向こうに立つ照明塔
グレート・サザン・スタンドと照明塔(2005年)Jimmy Harris / CC BY 2.0 — Wikimedia Commons

意義・現在

MCGは2001年にヴィクトリア州文化遺産に登録され、2005年12月26日、恒例のボクシング・デー・テストの開催日にオーストラリア国家遺産リストに加えられた。州の登録理由は、個々のスタンドの建築的価値よりも、公園の緑に置かれた巨大な楕円の全体像と、そこで重ねられてきた催しの記憶を重んじている。固定した作品ではなく、使い続けながら更新される器として評価された点に、この競技場の文化財としての性格がある。

所有者はヴィクトリア州政府で、州が任命するMCG信託の委託を受けてMCCが運営する。毎年12月のボクシング・デー・テストと9月のAFLグランド・ファイナルの舞台であり、1992年と2015年にはクリケット・ワールドカップの決勝も開かれた。

関連する建築

Related
同じ時代
構造表現主義 エッフェル塔
1889 · パリ
エッフェル塔
Stéphen Sauvestre

エッフェル塔(tour Eiffel)は、パリ七区のシャン・ド・マルスに立つ高さ約330メ…

同じ時代
新古典主義建築 自由の女神像
1886 · ニューヨーク
自由の女神像
Eugène Viollet-le-Duc

ニューヨーク港リバティ島に立つ新古典主義の巨像。フランスからアメリカへ贈られ…

データ: Wikidata (Q330136) / 解説: Wikipedia 日本語版 · English / 画像: © Flickerd / CC BY-SA 4.0 — Wikimedia Commons
LAST EDIT — 2026.11.04
ENTRY ID — BLD-1251