メンシコフ宮殿 Menshikov Palace (Saint Petersburg)
サンクトペテルブルク、ヴァシリエフスキー島に建つペトリーヌ・バロックの宮殿。1710年にメンシコフ公の邸宅として着工され、新都最初期の石造宮殿の一つとなった。
§1 — 概要概要
メンシコフ宮殿(Menshikov Palace/露: Меншиковский дворец)は、ロシア・サンクトペテルブルクのヴァシリエフスキー島、大ネヴァ川に面するウニヴェルシテツカヤ河岸通りに建つ宮殿である。ピョートル大帝の腹心アレクサンドル・メンシコフの邸宅として建てられ、新都に最初期に出現した石造宮殿の一つに数えられる。
歴史
1710年、サンクトペテルブルク総督メンシコフの居館として着工された。設計はイタリア人建築家ジョヴァンニ・マリア・フォンターナが起こし、のちにドイツ人建築家ゴットフリート・シェーデルが引き継いだ。1711年に一部が使えるようになって開かれたが、トレッツィーニやル・ブロンら多くの建築家の協力を得ながら工事は1727年まで続いた。同年、失脚したメンシコフは家族とともにシベリアへ流刑となり、財産は没収される。1731年からは陸軍幼年学校が置かれ、19世紀末には同校の博物館として整備された。1917年には第1回全ロシア・ソビエト大会の会場ともなっている。
建築的特徴
水平基調の均整のとれたファサードに、控えめなピラスターと窓の規則的な配列をもつ。豪奢な後期バロックとは異なり、オランダやドイツの影響を受けた簡潔で端正な意匠が特徴で、ピョートル大帝期に芽生えた初期様式ペトリーヌ・バロックの典型を示す。室内には、オランダのデルフト・タイルで壁を覆った部屋など、西欧的な生活様式を映す内装が残されている。
意義・現在
1924年に収蔵品はエルミタージュ美術館へ移され、長い修復を経て1981年からは同館の分館として一般公開されている。現在は17世紀末から18世紀初頭のロシア文化を伝える美術館であり、ピョートル改革期の調度や絵画を収める。新都ペテルブルク草創期の宮廷文化を今に伝える、数少ない遺構の一つである。