EST. 2026 — Editorial Archive of Notable Architecture
アヴィニョン教皇庁
© Jean-Marc Rosier / CC BY-SA 3.0
FIG. 01 — Q143463
様式 · ゴシック建築 時代 · 中世 類型 · 宮殿・邸宅 ★ ユネスコ世界遺産「アヴィニョン歴史地区:教皇庁宮殿、司教関連建造物群およびアヴィニョン橋」(1995年登録)

アヴィニョン教皇庁 Palais des Papes

Palais des Papes

南フランス・アヴィニョンに残る、14世紀の歴代教皇の居城。ローマを離れた教皇庁の本拠として築かれた、現存最大級のゴシック様式の宮殿建築である。

FIG. 02 — Location43.9508° N 4.8075° E
フランス ヴォクリューズ県 アヴィニョン
§1 — 概要

概要

アヴィニョン教皇庁(Palais des Papes)は、南フランス・ヴォクリューズ県のアヴィニョンに建つ、14世紀の歴代教皇の居城である。教皇庁がローマを離れてアヴィニョンに置かれた、いわゆる「教皇のバビロン捕囚」の時代に築かれた。城塞と宮殿を兼ねる壮大な複合建築で、現存するゴシック様式の建築としては世界最大級の規模をもつ。1995年、周辺の歴史地区とともにユネスコ世界遺産に登録された。

歴史

教皇庁は1309年以降アヴィニョンに置かれ、宮殿の本格的な造営は教皇ベネディクトゥス12世の治世に始まった。まず1335年から1342年にかけて、堅固な岩盤の上に「旧宮殿(パレ・ヴィユー)」が築かれ、その設計はピエール・ポワソン(ピエール・ペソン)が担った。続く教皇クレメンス6世のもとで、1342年から1352年にかけて、より華麗な「新宮殿(パレ・ヌフ)」がジャン・ド・ルーヴルの設計により増築された。両宮殿が接合されて現在の姿となり、その後の歴代教皇のもとでも部分的な手が加えられた。教皇庁がローマへ帰還した後は荒廃し、フランス革命期には兵営や牢獄に転用されたが、20世紀に修復が進められた。

建築的特徴

全体は厚い石壁と塔をもつ城塞の外観をとり、防御性と宗教的権威とを同時に表現する。内部には礼拝堂・大広間・教皇の私室などが配され、尖頭アーチリブ・ヴォールトといったゴシックの構造語彙が用いられる。とくに新宮殿は、シエナ派の画家シモーネ・マルティーニやマッテオ・ジョヴァンネッティによる壁画で装飾され、ゴシック盛期の宮廷文化を今に伝える。装飾を抑えた重厚な外観と、内部の繊細な意匠との対比が、この建築の大きな見どころである。

意義・現在

アヴィニョン教皇庁は、中世後期のカトリック教会の権勢と、教皇権がローマを離れた特異な時代を物理的に証言する建築である。城塞と宮殿、宗教と権力が一体となったその構成は、同時代の世俗・宗教建築にも影響を与えた。現在は博物館・文化施設として公開され、毎夏のアヴィニョン演劇祭の主要会場ともなっている。アヴィニョンを代表する歴史的記念物として、年間を通じて多くの来訪者を集めている。

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データ: Wikidata (Q143463) / 画像: © Jean-Marc Rosier / CC BY-SA 3.0 — Wikimedia Commons
LAST EDIT — 2026.06.29
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