カンチェッレリア宮 Palazzo della Cancelleria
ローマ初の本格的ルネサンス宮殿とされる、枢機卿リアーリオの大邸宅。1489年ごろ着工し1513年に成った。フィレンツェ風のピラスターが並ぶ正面と、ブラマンテに帰せられる三層の中庭で名高い。
§1 — 概要概要
カンチェッレリア宮(Palazzo della Cancelleria)は、ローマのパリオーネ地区に立つルネサンスの大宮殿で、市内で最初に古典様式を全面的にまとった宮殿とされる。枢機卿ラッファエーレ・リアーリオの邸宅として15世紀末に築かれ、のちに教皇庁の文書局(カンチェッレリア)が置かれて、その名を得た。淡い色のトラヴァーチンの正面と、調和のとれた三層の中庭で名高い。
歴史
教皇シクストゥス4世の甥である枢機卿リアーリオは、その富をもって1489年ごろ宮殿の建設に着手し、1513年ごろまでに大半を整えた。建設のために、古代に起源をもつバシリカ、サン・ロレンツォ・イン・ダマーゾが取り込まれ、その再建も行われている。1517年、リアーリオが教皇レオ10世の暗殺計画に連座すると、宮殿は教皇庁に没収され、文書局の座所となった。建築費の一部は、ひと晩の賭博で得た莫大な賞金で賄われたという逸話も伝わる。1527年のローマ劫掠では大きな被害を受けて文書庫を焼失し、16世紀末には教皇シクストゥス5世のもとで改修が加えられ、1589年にドメニコ・フォンターナが正門を整えた。なお、宮殿全体の設計者は判明していない。三層の中庭は伝統的にドナト・ブラマンテに帰せられるが、ブラマンテのローマ到来は1499年であり、当初の設計者ではありえない。
建築的特徴
長い正面は、窓のあいだに浅いピラスターを対で配して水平に分節され、アルベルティのルッチェライ宮を思わせるフィレンツェ風の明快さをもつ。外装には、近隣のポンペイ劇場跡から運ばれたスポリアのトラヴァーチンが用いられ、古代の石が新しい古典の衣をまとう。白眉は内側の中庭で、二層の連続アーチの上にロッジアを重ね、四十四本の花崗岩円柱が軽やかなリズムを刻む。これらの円柱もまた古代の劇場などから転用されたもので、ブルネレスキの回廊との類似が指摘される。内部の主階には、1546年にヴァザーリがわずか百日で描いたという「百日の間」のフレスコが残る。
意義・現在
カンチェッレリア宮は、フィレンツェに生まれた古典様式を、古代の遺構が身近にあるローマで受けとめ、壁面の分節と転用石材によって独自の重厚さへと翻案した、初期ローマ・ルネサンスの記念碑である。今日も教皇庁の治外法権所有物として、ローマ・ロータ控訴院をはじめとする教会の諸法廷が置かれ、ユネスコ世界遺産「ローマ歴史地区」の構成資産にも数えられる。中庭は一般にも開かれ、転用された古代の円柱の列が、ローマという都市の重なりを今に伝えている。