アテネのアクロポリスへの記念碑的な正門。ペリクレスの建設事業の一環として前437年から前432年にかけてムネシクレスが設計し、ドーリア式を基調とする壮麗な門として築かれたが、戦乱により未完のまま残された。
§1 — 概要概要
プロピュライア(Propylaea)は、アテナイのアクロポリスの西端に位置する記念碑的な門である。聖域の内と外を分かつ正門として、前437年から前432年にかけて建設された。古代ギリシアのドーリア式を基調としつつ、内部にはイオニア式の柱も用いた、洗練された建築複合体である。
歴史
ペルシア戦争で破壊されたアクロポリスを再建するペリクレスの建設事業の一環として、パルテノンの造営に続いて前437年に着工された。設計はムネシクレスが担い、プルタルコスは彼をエレクテイオンの設計者でもあると伝える。建設は地形の制約や計画変更にともない難航し、ペロポネソス戦争の勃発によって前432年に中断、ついに未完のまま残された。隣接するアテナ・ニケ神殿の聖域に配慮して南側の翼部が縮小されるなど、現存する遺構には当初案からの設計変更の痕跡がいまも読み取れる。
建築的特徴
中央の門廊を、左右の翼部が挟む構成をとる。馬車も通れる幅広い中央通路の両側に列柱が立ち、外観にはドーリア式のペディメントを戴く。主要部には白いペンテリコン大理石が用いられ、北側の翼部には、古代に絵画を飾ったとされる「ピナコテケ」と呼ばれる一室が設けられている。内部の天井には大理石の格天井が架けられ、その精緻な造形は古代でも屈指のものと評された。傾斜する岩盤の上に、左右で高さの異なる空間を巧みにまとめ上げた点に、設計者の力量がうかがえる。
意義・現在
プロピュライアは、神聖な領域への移行を建築によって演出した、古典期ギリシア建築の到達点のひとつである。ベルリンのブランデンブルク門やミュンヘンのプロピュレーンなど、後世のギリシア復興建築に範を与えた。アクロポリスの一部としてユネスコ世界遺産に登録され、今日も遺跡として往時の威容を伝えている。