ロックフェラー・センター Rockefeller Center
マンハッタン中心部の19棟からなる複合街区。大恐慌下の1931–39年にレイモンド・フッドら設計協同体が建てたアール・デコの代表作で、彫刻・壁画・庭園と摩天楼を一体に統合した「都市の中の都市」である。
§1 — 概要概要
ロックフェラー・センターは、ニューヨーク・マンハッタンの五番街と六番街の間、48丁目から51丁目にかけて広がる商業・娯楽複合街区である。当初の14棟はジョン・D・ロックフェラー・ジュニアの発意で建てられ、設計協同体「アソシエイテッド・アーキテクツ」がレイモンド・フッドを主導者として手がけた。アール・デコを基調とする一群の摩天楼を、広場・彫刻・屋上庭園とともに一体的に計画した点で、近代都市計画の記念碑とされる。
歴史
事業は1928年、ロックフェラー・ジュニアがコロンビア大学から敷地を借り受けたことに始まる。当初はメトロポリタン歌劇場の移転先として構想されたが、1929年の株価暴落で計画は頓挫し、放送事業者RCA・NBCを核とする複合施設へ転換した。掘削と建設は1931年に始まり、最初の建物が1932年に開業、中核の14棟は1939年に完成した。大恐慌下にあって4万人以上を雇用した、当時最大級の民間建設事業であった。戦後も1947年以降に増築が続き、1960–70年代には六番街側に国際様式の高層棟が加わった。
建築的特徴
全棟はインディアナ産石灰岩のファサードで統一され、セットバックを重ねた垂直線の構成が街区に一貫したリズムを与える。中核の30ロックフェラー・プラザ(旧RCAビル、高さ約259メートル)はレイモンド・フッドの設計で、稜線を段状に絞り上げる優美な塊として複合体を統べる。ロックフェラーは予算の一部を芸術に充て、リー・ローリーの浮彫「叡智」をはじめ、彫刻・壁画・モザイクが各棟に配された。冬季のスケートリンクと巨大なクリスマスツリーは、いまや季節の風物詩となっている。
意義・現在
ロックフェラー・センターは、複数の高層建築を広場と地下動線で結び、商業空間を水平の都市組織へ溶け込ませた点で、その後の大規模複合開発の規範となった。1985年にニューヨーク市ランドマーク、1987年にアメリカ合衆国国定歴史建造物(National Historic Landmark)に指定されている。現在も放送局・劇場・展望台「トップ・オブ・ザ・ロック」を擁する、観光と商業の一大拠点であり続けている。