ルンダーレ宮殿 Rundāle Palace
ラトビア南部に建つバロックの宮殿。クールラント公の夏の離宮として、冬宮も手がけたバルトロメオ・ラストレッリの設計で1736年に着工し、1768年に完成した。「ラトビアのヴェルサイユ」とも呼ばれる。
§1 — 概要概要
ラトビア南部、ゼムガレ地方の平原に建つ、バルト地域を代表するバロック建築の宮殿である。クールラント公エルンスト・ヨハン・フォン・ビロンの夏の離宮として築かれ、整形式の庭園を従えた壮麗な構えから「ラトビアのヴェルサイユ」とも呼ばれる。
歴史
設計を担ったのは、サンクトペテルブルクの冬宮やエカチェリーナ宮殿で知られる宮廷建築家バルトロメオ・ラストレッリである。建設は二つの時期に分かれた。第一期の1736年から1740年にかけて主要な建物が建ち上げられ屋根が架けられたが、後ろ盾であった女帝アンナの死とともにビロンが失脚・流刑となり、工事は中断する。ビロンが赦されて戻った1764年から1768年にかけて第二期の工事が行われ、室内装飾を中心に宮殿は完成をみた。庭園もラストレッリの計画に基づき、建物と一体に整えられた。
建築的特徴
外観は、黄と白を基調とした端正なバロックの構えで、左右に長く伸びる翼が前庭を囲む。これに対し、室内は華やかなロココ装飾でいろどられている。とりわけ第二期に手がけられた「黄金の間」「白の間」「大画廊」などの広間は、ベルリン・ポツダムのロココをもたらした彫刻家ヨハン・ミヒャエル・グラフの漆喰細工と、イタリア人画家による天井画・壁画によって、北方の宮廷文化の精華となった。南へ広がるフランス式庭園は、整形のパルテールを中心に、運河と並木で囲まれている。
意義・現在
ルンダーレ宮殿は、ラストレッリの初期の作品としては珍しく、19世紀の改築や20世紀の戦災をほとんど受けずに往時の姿をとどめる。第二次世界大戦後は荒廃したが、1972年に宮殿博物館が設けられ、館長イマンツ・ランツマニスらの綿密な計画のもとで修復が進められた。建物と庭園の復原は2014年に完了し、現在は内装・調度を備えた博物館として公開されている。ラトビア国家の建築記念物に指定され、2021年にはユネスコ世界遺産の暫定リストへ加えられた。