ベルリン西部、ハーフェル川の中州に築かれたルネサンス期の稜堡式城郭。中世の城を核に1559年から1594年にかけて建設され、四稜堡をもつ平面はヨーロッパでも有数の保存状態を誇る。
§1 — 概要概要
シュパンダウ城塞(Zitadelle Spandau)は、ベルリン西部のシュパンダウ、ハーフェル川とシュプレー川が合流する地点の中州に位置する城塞である。火砲時代の築城術を体現する稜堡式城郭として知られ、16世紀のヨーロッパに生まれた要塞建築のうちでも、当初の姿をよくとどめる現存例として評価が高い。
歴史
城塞の核となっているのは、12世紀から13世紀にさかのぼる中世の城で、その主塔「ユリウス塔」と居館部は今日まで残る。火器の発達によって従来の高い石壁が無力になると、ブランデンブルク選帝侯はこれを近代的な要塞へと改めることを決し、1559年、イタリア・ガンディーノ出身の建築家フランチェスコ・キアラメッラ・デ・ガンディーノに設計と工事を委ねた。工事はその後、フィレンツェ出身の城塞建築家ロッコ・グエッリーニ(ドイツではロフス・ツー・リーナーとして知られる)に引き継がれ、1594年におおむね完成した。以後、城塞は兵営・火薬庫・牢獄として、また近代には軍事研究の場として用いられ、戦災を大きく免れて現在に至っている。
建築的特徴
平面は方形で、四隅に矢じり形に突き出した四つの稜堡を備える。低く厚い土塁と煉瓦の擁壁は砲撃の衝撃を吸収するために設計され、各稜堡からは隣接する城壁の前面を側射で掃射できるよう、死角を生まない幾何学的配置がとられている。これは当時イタリアで確立された築城理論を忠実に移したもので、装飾性よりも弾道と射界の合理に貫かれている。城塞内に屹立する方形のユリウス塔は、この合理的な構成のなかで、中世以来の歴史の層を可視化する存在となっている。
意義・現在
シュパンダウ城塞は、ルネサンス期の要塞建築がたどり着いた到達点の一つであり、星形要塞の理念をほぼ完全な形で今に伝える。第二次世界大戦の被害を比較的免れたことで、堡塁・濠・主塔がそろって残る希少な遺構となった。現在は博物館として公開され、市の文化財として保護されている。城塞内の建物では地域の歴史展示やコンサートが催され、かつて軍事施設として閉ざされていた空間は、市民に開かれた文化の場へと転じている。