聖ペーター教会 St. Peter's Church, Munich
ミュンヘン旧市街に建つ市内最古の教区教会。「アルター・ペーター(古ペーター)」と呼ばれる高さ91メートルの塔は市の象徴で、1294年に献堂されたゴシックの堂に、金色の主祭壇や天井画など華麗なバロックの内部が重なる。
§1 — 概要概要
聖ペーター教会(Peterskirche)は、ミュンヘン中心部のペータースベルクルの丘に建つカトリックの教区教会で、市内で最も古い教区教会として知られる。高さ約91メートルの塔は市民に「アルター・ペーター(古ペーター)」と親しまれ、マリエン広場のすぐ南に立つミュンヘンの象徴である。三廊式のバシリカで、ゴシックの構造に華麗なバロック・ロココの内部装飾が重なり、八世紀以来の重層した歴史を体現する。
歴史
丘の上にはかつて二基の西塔をもつロマネスクのバシリカがあったが、1278年からより壮麗なゴシックの聖堂へ建て替えられ、1294年5月17日、フライジング司教エミヒョによって献堂された。1327年の大火で東内陣が焼け落ち塔も焼けたが身廊は残り、再建に際して堂は二ベイ分延長された。17世紀には、おそらくイザーク・バーダーの設計で東側にバロックの三葉形内陣が築かれ(1630年着工、戦乱を経て1636年に穹窿が架かる)、塔には1607年の落雷ののち、ハインリヒ・シェーン(父)の案とされるルネサンス風の頂部が与えられた。18世紀には後期バロックの大改装が行われ、主祭壇(1730年〜)と身廊が一新される。主祭壇はローマのサン・ピエトロにあるベルニーニの「聖ペテロの司教座」に着想を得てエギト・クヴィリン・アザムらが手がけ、内陣はイグナーツ・アントン・グネツルハイナーが新たに穹窿化した。天井のフレスコとスタッコはヨハン・バプティスト・ツィンマーマンの仕事である。第二次大戦末期の1944〜45年には堂塔の大半を失い、一時は取り壊しが決まるほどであったが、市民らの寄付で1946年に再建が始まった。外観は1954年までに整い、内部の復元はルドルフ・エステラーとエルヴィン・シュライヒらの尽力によって進められた。
建築的特徴
外観はゴシックの量塊を残した三廊式のバシリカで、身廊と側廊を分かつ。壁と塔が漆喰で覆われるのに対し、東端の三葉形内陣は赤い煉瓦の素地を見せ、丸窓と半円アーチの窓が穿たれている。内部は一転し、金色の主祭壇を中心に、漆喰彫刻と天井画が壁面を覆う豪奢なバロック空間となる。主祭壇には、教皇が没すると新教皇の選出まで宝冠が外されるという、エラスムス・グラッサー作の黄金の聖ペテロ像が座す。側廊の祭室には宝石で全身を飾られた聖ムンディティアの遺骨が安置され、内陣アプスの窓には連合戦争の折に撃ち込まれた砲弾が今も嵌め込まれている。
意義・現在
聖ペーターは、ミュンヘン創建期からの教区の中心であり、街の起点とも目されてきた。度重なる火災と戦災のたびに姿を変えて再建された歩みは、ゴシックの骨格にルネサンス・バロック・ロココの装飾が層を成す現在の姿に刻まれている。塔は市内随一の眺望台として知られ、三百段あまりの階段の先に旧市街とアルプスの遠望を開く。堂は日々のミサと荘厳な典礼の場であり続け、ツィンマーマンの天井画は戦後半世紀をかけて2000年に復元が完了した。