タンペレ・スタジアム Tampere Stadium
フィンランド・タンペレの陸上競技場兼サッカー場。1952年ヘルシンキ五輪のために整えられた競技場を母体に、1963〜66年、ティモ・ペンッティラの設計で打放しコンクリートの観客席が築かれた。ラティナ・スタジアムとも呼ばれる。
§1 — 概要概要
タンペレ・スタジアム(Tampereen stadion)は、フィンランド第三の都市タンペレにある多目的競技場で、ラティナ・スタジアム(Ratinan stadion)の名でも知られる。陸上とサッカーを主とし、収容は約16,800人、コンサート時には3万人を超える。タンメルコスキ川がピュハ湖に注ぐラティナの岬に位置し、中心市街地に向けた都市の正面を形づくる。
歴史
競技場の起こりは1952年のヘルシンキ・オリンピックにさかのぼり、このときフィールドが整えられ、サッカーの予選数試合が行われた。現在みられる姿は、建築家ティモ・ペンッティラの設計により1963年から1966年にかけて築かれたもので、構造はベルテル・エーケングレンの技術による。以後、地元クラブのイルヴェスやタンペレ・ユナイテッドの本拠地となり、ヘルシンキ・オリンピックスタジアム改修中の2016〜2019年には、フィンランド代表の主会場ともなった。
建築的特徴
ペンッティラのメインスタンドは、打放しコンクリートを率直に見せる戦後フィンランド・モダニズムの代表作の一つである。観客席を覆う大屋根は支柱を後方に退け、前方へ大きく張り出すカンチレバーとして架けられ、視界を遮らない軽快な庇をつくる。素材と構造をそのまま意匠とする手法は、同時代の彫塑的なコンクリート建築と通じる。前方に支柱を立てない片持ちの大屋根は、戦後北欧のスポーツ建築における洗練された解答の一つである。観客席は岬の地形に沿って緩やかに湾曲し、川と湖に向けて開く。
意義・現在
スポーツの器であると同時に、ラティナの岬の風景を構成する建築として、本スタジアムはフィンランドの全国的に重要な文化環境(RKY)に数えられる。陸上の国際大会から、ヒップホップ・フェスティバル「ブロックフェスト」まで、競技と興行の双方を受け止める都市の舞台として現役を続けている。