バッサイのアポロン・エピクリオス神殿 Temple of Apollo Epicurius in Bassae
ペロポネソス、アルカディアの山中に立つ前5世紀の神殿。ドーリア・イオニア・コリントの三オーダーを併用し、現存最古のコリント式柱頭をもつ。1986年にギリシア初の世界遺産に登録された。
§1 — 概要概要
バッサイのアポロン・エピクリオス神殿(Ναός Επικούριου Απόλλωνα)は、ギリシア・ペロポネソス半島の内陸、古代アルカディア地方の山中、標高約1,130メートルのコティリオン山の斜面に立つ古代ギリシアの神殿である。「エピクリオス」は「救いをもたらす者」を意味し、疫病や戦禍からの加護に感謝した近隣の都市国家フィガリアの人々によって、太陽と治癒の神アポロンに捧げられた。アテネのテセイオン(ヘファイストス神殿)と並び、ギリシアでも保存状態の良い神殿のひとつとして知られる。
歴史
神殿は前5世紀後半、おおむね前420年から前400年頃、ペロポネソス戦争のさなかに建てられたと考えられている。2世紀の旅行家パウサニアスは、その美しさと均整を讃え、パルテノンの設計者イクティノスの手になるものと記した。この帰属は今日まで広く引かれているが、細部の作風がパルテノンと食い違う点などから、現代の研究者には疑問視する声も少なくない。
人里離れた立地ゆえに、神殿は長く忘れられ、18世紀後半に再発見されて学者や芸術家の強い関心を集めた。19世紀初頭には、堂内をめぐっていた大理石の浮彫フリーズ(全23枚)が運び出され、現在はロンドンの大英博物館に収められている。孤立した環境が幸いして主要な構造はよく残ったが、地盤の沈下や寒冷な気候による損傷は避けられず、1987年以降は保護のための巨大なテントが神殿全体を覆い、修復作業が続けられている。
建築的特徴
この神殿の最大の特徴は、古代ギリシア建築の三つのオーダー、すなわちドーリア式・イオニア式・コリント式を一つの建物に併せ用いた点にある。外周は6×15本のドーリア式の周柱がめぐり、堂内(ナオス)の壁面にはイオニア式の半円柱が並ぶ。そして堂内の中央軸上に、ただ一本のコリント式円柱が立っていた。この柱頭こそ、現存するものとしては世界最古のコリント式柱頭であり、のちのギリシア・ローマ建築に広く受け継がれるこの様式の出発点とされる。平面は通常の東西軸ではなく南北に長く伸び、15対6という古風な細長い比率をとる。主要な材は地元産の灰色の石灰岩で、堂内をめぐる連続したフリーズには、ギリシア人とアマゾネスの戦い、ラピタイ族とケンタウロスの戦いが彫られていた。
意義・現在
バッサイの神殿は、古典期ギリシア建築が規範を保ちながらも大胆な実験へと踏み出した瞬間を伝える、稀有な作例である。とりわけコリント式柱頭の最古例を擁する点で建築史的な意義は大きく、「ペロポネソスのパルテノン」とも呼ばれる。1986年には、アテネのアクロポリス(1987年登録)に先んじて、ギリシアで最初の世界遺産に登録された。現在は保護テントの下に置かれ、修復が続くため往時の姿を遠望することはかなわないが、その分、三オーダーの精緻な細部を間近に見られる稀有な遺跡となっている。