イングランド北部ヨークの中世の王城。1068年にウィリアム征服王が築いた要塞を起点とし、現存する四つ葉形の石造天守クリフォーズ・タワーは、英国に類のない独創的な平面を持つ。
§1 — 概要概要
ヨーク城(York Castle)は、イングランド北部の都市ヨークに築かれた中世の王城である。1068年にウィリアム征服王が築いた要塞を起点とし、九世紀にわたって城・牢獄・法廷などが営まれた。現存する四つ葉形の石造天守は「クリフォーズ・タワー」と呼ばれ、イングランド北部最大級の王の城塞の名残をとどめている。
歴史
1066年のノルマン征服ののち、北部の反乱を制圧するため、ウィリアム征服王は1068年にウーズ川を見下ろす地にモット・アンド・ベイリー式の城を築いた。当初の城は1069年に反乱軍とデーン人によって破壊され、再建後は堀と人工湖を備えた堅固な要塞となる。1190年には、迫害を逃れて木造の天守に立てこもったヨークのユダヤ人およそ150名が、暴徒に包囲されて多くが自死する惨劇の舞台となった。1245年、スコットランドとの戦に備えるヘンリー3世が石造の天守の再建を命じ、工事は断続的に続いて1270年代に至る。1322年にロジャー・ド・クリフォードが城壁から処刑され、塔は以後この名で呼ばれることとなった。1684年の爆発で内部が焼け、城は1929年まで牢獄として用いられた。
建築的特徴
クリフォーズ・タワーは、四つの円を重ねた四つ葉(クアトラフォイル)形の平面を持つ、イングランドでは類のない天守である。この特異な平面は、パリ南方のエタンプ城など、フランスの先例との関連が指摘されている。厚い石壁の内部には螺旋階段や小室、礼拝堂が組み込まれ、壁面には矢狭間が穿たれた。盛土した人工の丘(モット)の上に据えられ、堀と相まって、よじ登りや坑道による攻撃を退ける構えをとる。
意義・現在
ヨーク城は、ノルマン人がイングランド北部を支配するために築いた王の拠点であり、その後も王立造幣所・財務府・法廷を擁する行政の中心として機能した。1190年のユダヤ人虐殺は、中世イングランド史における最悪の反ユダヤ事件のひとつとして記憶されている。クリフォーズ・タワーは現在、登録記念物(スケジュールド・モニュメント)として保存・公開され、近年の改修によって屋上から市内を一望できる展望が整えられた。