カール大帝が宮廷礼拝堂として築いた八角形の聖堂を核とする大聖堂。カロリング朝建築の代表作で、歴代の王の戴冠の場となり、ドイツ初の世界遺産に登録された。
§1 — 概要概要
アーヘン大聖堂(Aachener Dom)は、ドイツ西部のアーヘンに建つ大聖堂で、その核をなすのは、カール大帝(シャルルマーニュ)が自らの宮廷礼拝堂として築いた八角形のパラティーナ礼拝堂である。8世紀末のカロリング朝建築を代表する作例であり、936年から1531年まで30人を超える王たちの戴冠の場となった。1978年、ドイツで最初の世界遺産に登録されている。
歴史
カール大帝は796年ごろ、アーヘンの王宮の整備とともに礼拝堂の建設に着手した。設計はメッツのオド(Odo of Metz)に帰され、その名は10世紀にドーム周囲へ刻まれた銘文に伝わる。礼拝堂は805年に教皇レオ3世によって奉献され、814年に没したカール大帝はここに葬られた。1165年にカール大帝が列聖されると巡礼者が殺到し、その受け入れのため1355年から1414年にかけて、東側にゴシック様式の内陣が増築された。「ガラスの家(Glashaus)」とも呼ばれるこの内陣は、1,000平方メートルを超えるステンドグラスで壁面を開く。以後も諸礼拝堂が加えられ、1930年にアーヘン司教区の大聖堂となった。
建築的特徴
中核の礼拝堂は、内側の八角形の空間を、16角形の周歩廊と上階のギャラリーが二層に取り囲む集中式の構成をとる。モデルとなったのはラヴェンナのサン・ヴィターレ聖堂で、カール大帝はイタリアから運ばせた大理石円柱などのスポリアを用い、古代ローマ皇帝の後継者たることを誇示した。内側の八角形の径は約14.5メートル、ドーム頂部までの高さは約31メートルに達し、アルプス以北では二百年以上にわたって比類のない規模を誇った。ドーム内面は黄金のモザイクで覆われ、ビザンティン的な荘厳さをたたえる。後補のゴシック内陣は、これと対照的に垂直性と光を追求している。
意義・現在
パラティーナ礼拝堂は、古代末期以降のアルプス以北で初めての本格的な組積造ヴォールト建築であり、カロリング・ルネサンスの理念を体現する記念碑である。その集中式の構成は後の宮廷礼拝堂の原型となり、中世初期の宗教建築に広く影響を与えた。今日もカール大帝の遺骨を納める聖堂として、また神聖ローマ帝国の記憶を伝える場として、巡礼と観光の双方を集めている。