ポツダム旧市街、ニコライ教会に隣り合う宮殿。ブランデンブルク選帝侯の冬の居城として1662年に着工し、18世紀にクノーベルスドルフがフリードリヒ式ロココへと改築した。戦災で失われたが、歴史的外観を再現して2013年に再建され、現在は州議会の議事堂が入る。
§1 — 概要概要
ポツダム市宮殿(Potsdamer Stadtschloss)は、ベルリン近郊ポツダムの旧市場広場に建つ宮殿。ブランデンブルク選帝侯、のちのプロイセン王家の冬の居城として築かれ、18世紀にフリードリヒ式ロココの代表作となった。第二次世界大戦で焼失し東ドイツ期に撤去されたが、歴史的外観を再現する再建が2013年に完了し、現在はブランデンブルク州議会の議事堂として使われている。
歴史
最初の宮殿は、要塞跡を利用して1662年から1669年にかけ、大選帝侯フリードリヒ・ヴィルヘルムのもとで築かれた。設計は宮廷建築家ヨハン・グレゴール・メムハールトが担った。決定的な転機は18世紀半ばで、1744年から1752年にかけてフリードリヒ2世(大王)の命によりゲオルク・ヴェンツェスラウス・フォン・クノーベルスドルフが全面的に改築し、サンスーシ宮殿と並ぶフリードリヒ式ロココの宮殿へと姿を変えた。1945年4月の空襲で内部は焼け落ちたが、躯体の大部分は残っていた。しかし東ドイツ政権は1959年から60年にかけて廃墟を撤去し、宮殿は地上から消えた。21世紀に入って再建運動が実を結び、ペーター・クルカの設計のもと、歴史的ファサードを復元しつつ内部を現代建築として組み直す折衷的な再建が行われ、2013年末に完成した。
建築的特徴
クノーベルスドルフによる改築後の宮殿は、中央の主棟(コール・ド・ロジ)と二つの翼が中庭を囲む三方構成をとり、軒を飾る彫像群と抑制された装飾にフリードリヒ式ロココの特質がよく表れていた。隣接するニコライ教会の円蓋とともに旧市場広場の景観を形づくる点も重要である。2013年の再建は、外観を歴史的な姿に忠実に戻す一方、内部には議場をはじめとする現代的な機能を収めた。歴史的外皮と現代的内部を組み合わせるこの手法は、同時期に進んだベルリン王宮(フンボルト・フォーラム)の再建とも通じる、現代ドイツの復元建築の一典型である。
意義・現在
市宮殿の歴史は、戦災・イデオロギー・記憶をめぐるドイツ近現代史の縮図でもある。一度は政治的判断で消されたバロックの宮殿が、半世紀を経て市民運動と公費によって甦った経緯は、失われた建築をどこまで・どのように取り戻すかという問いを投げかける。現在の建物はブランデンブルク州議会が議事堂として用い、ポツダムの歴史的中心の再生を象徴する存在となっている。