ハシュト・ベヘシュト宮殿 Hasht Behesht Palace
イラン、エスファハーンのチャハール・バーグ大通りに面するサファヴィー朝の離宮。「八つの天国」を意味し、17世紀にシャー・スレイマーン1世の命で私的な庭園パヴィリオンとして建てられた。
§1 — 概要概要
ハシュト・ベヘシュト宮殿は、イランのエスファハーンにある17世紀の庭園パヴィリオンである。名はペルシア語で「八つの天国」を意味する。サファヴィー朝の第8代シャー・スレイマーン1世の命により、主として私的なパヴィリオンとして建てられた。エスファハーンの目抜き通りであるチャハール・バーグに面し、サファヴィー朝の庭園建築を今に伝える作例として知られる。
歴史
建設は1669年頃、シャー・スレイマーン1世の治世に行われた。当初は王の私的な離宮として用いられ、後にはエスファハーンで最初の近代的学校(ホマーユーニー学校)としても使われた。サファヴィー朝の宮廷建築の多くがそうであるように、具体的な設計者の名は伝わっていない。なお19世紀にこの建物を実測・図化したフランスの建築家パスカル・コストの記録が知られるが、彼は建設者ではなく後世の調査者である。
建築的特徴
建物は八角形の2層構造で、中央の広間を8つの部屋が取り囲む「ハシュト・ベヘシュト(八天国)」型の平面をとる。四つの大きな面にはイーワーンと呼ばれるバルコニーが開き、その下を細く高い木柱が支える。内部は壁画、透かし彫り、鏡張りの装飾、タイル、漆喰によって覆われ、光と反射が織りなす華やかな空間を生む。建物はチャハルバーグと呼ばれる四分割の庭園の中に据えられ、水路と緑のなかに浮かぶように構成されている。
意義・現在
ハシュト・ベヘシュト宮殿は、サファヴィー朝エスファハーンが築いた庭園文化と、楽園を地上に映そうとする建築観を象徴する離宮である。「八つの天国」という名そのものが、イスラーム世界における楽園としての庭園という主題を体現している。現在は一般に公開され、エスファハーンの歴史的景観を構成する建築のひとつとなっている。